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2007年11月29日

沖田総司 - 大内美予子


Title: 沖田総司
Author: 大内 美予子
Price: ¥ 1,890
Publisher: 新人物往来社
Published Date:

沖田総司を題材とした、活き活きとした小説。
腕利きで知られた新撰組の中でも特に優れた剣士として知られ、冗談をよく言う明るい性格であったとされる彼が生きた「幕末」という時代の空気を躍動感溢れるタッチで描き出している。

基本的に「史実」とされている事柄をベースとしながら、ちょっとした会話や出来事など、実に細かなところまで詳細に描こうとしていて、非常に楽しい読書となった。なんというか、小説全体を通して沖田総司への愛が伝わってくるような気がした。

2007年11月24日

パウロ -伝道のオディッセー - エルネスト・ルナン


Title: パウロ―伝道のオディッセー
Author: エルネスト ルナン
Price: ¥ 2,520
Publisher: 人文書院
Published Date:

ルナンによる「キリスト教の起源史」の第三部「聖パウロ」。
忽那錦吾さんによる、「キリスト教の起源史」の翻訳プロジェクトとしては、「イエスの生涯」に続く2冊目。

パウロというと、ある1日の出来事によってキリスト教の迫害者から最も熱心な使徒となり、厳格なユダヤ主義者と対立し、広く地中海世界を伝道して回ってキリスト教を世界的宗教にした立役者という印象が強い。新約聖書の中でも、特別な地位を得ている「ローマ人への手紙」は彼の手によるものだ。

この本では、パウロの4回に渡る伝道の旅を丹念に調べ、想像することで、その旅の様子や、パウロが絶えず抱えていた葛藤や悩みを実に見事に再現している。

ローマの市民権を持つ有力なユダヤ人であり、律法に忠実なパリサイ派であったパウロ(ユダヤ名はサウル)は、キリスト教徒を迫害するためにダマスコへと向かう道すがら、復活したキリストの幻影に出合い、突然失明する。迫害する立場であったパウロは、迫害する対象であったキリスト教徒の祈りによって失明から回復し(「目から鱗が落ちた」の語源とされる)、キリスト教徒として熱心に活動するようになる。

律法を守ることよりも「愛すること」を説いたパウロは、常に「行動の人」であり、「雄弁な書き手」だった。生前のイエスを知らず、ある意味においてはイエスを徹底的に美化し、自分流に解釈したキリスト教を死ぬまで伝道し続けた彼の生涯は、愛に溢れたものであったと同時に、一途な情熱に突き動かされたものだったのだろう。

彼が持っていた「強さ」は同時に「危うさ」でもあったことをルナンは的確に指摘していて、「狂信的」とまで言い放っている。激しやすく自分の意見に固執しがちな彼の性格は、行く先々の町で問題を引き起こしたし、生前のイエスを知るイスラエル教会の重鎮達とも衝突した。

とはいえ、彼の存在なしに今のキリスト教がなかったであろうことはそのルナンさえもが認めている事実であり、彼の存在は初期のキリスト教会の発展にとって決定的な違いをもたらしたのだから、歴史とは面白いものだと思う。

新約聖書の時代の地中海世界を旅しているような気分になってくる、魅力に溢れた読書体験だった。

2007年11月23日

ポオ小説全集 4 - エドガー・アラン・ポオ


Title: ポオ小説全集 4 (創元推理文庫 522-4)
Author: エドガー・アラン・ポオ
Price: ¥ 714
Publisher: 東京創元社
Published Date:

ポオの名前は知っていたのだけれど、まだ何も読んだことがなかったので評価の高い短編をいくつか読んでみた。
とりあえず読んだのは、

黄金虫
黒猫
長方形の箱
不条理の天使
暗号論

19世紀前半の当時としては、どれも実に斬新かつ衝撃的な小説だったのだろう。そして、これらの小説の新しさは現在でもなお魅力を失っていないように感じた。

インスパイアリングな物語を書く人(あるいは、時代に先駆けて活躍した人一般)は、大抵不幸な人生の最後に悲しい死に方をするような気がするのだけれど、ポオの人生も色々大変だったようだ。

夫婦善哉 - 織田作之助


Title: 夫婦善哉 (講談社文芸文庫)
Author: 織田 作之助
Price: ¥ 1,029
Publisher: 講談社
Published Date:

映画「わが町」で描かれていた、下町情緒溢れる大阪の雰囲気が気に入ったので、織田作之助さんの小説に手を伸ばしてみた。

彼の代表作であり、この本のタイトルにもなっている「夫婦善哉」は実に味があってよかった。自堕落な男と、何を間違ったかその男に惚れてしまった女の、なんともいえない感じの生活ぶりが淡々と描かれている。語り口は簡潔なのだけれど、登場人物達が繰り広げるドラマがなんとも人間らしくて実によい。

この他、勧善懲悪と六白金星を読んでみたのだけれど、どちらもなかなか楽しめた。

2007年11月17日

ホモ・ルーデンス - ホイジンガ


Title: ホモ・ルーデンス (中公文庫)
Author: ホイジンガ
Price: ¥ 920
Publisher: 中央公論新社
Published Date:

実に中身が詰まった本。
「人は“遊ぶ”存在である」というのがこの本の趣旨で、そのためにまず“遊び”とは何ぞやというところから掘り下げていき、遊びが普遍的な文化的因子であることを綿々と語っている。

一口に“遊び”といってもいろんな解釈があるが、ホンジンガのいう“遊び”とは「日常生活や利害関係から離れ、人を惹きつけ、秩序と緊張状態を作り出すもの」だと感じた。本文の一部を引用すると、

「日常生活」とは別のあるものとして、遊びは必要や欲望の直接的満足という過程の外にある。(P.32)

遊びはものを結びつけ、また解き放つのである。それはわれわれを虜にし、また呪縛する。それはわれわれを魅惑する。すなわち遊びは、人間がさまざまの事象の中に認めて言い表すことのできる性質のうち、最も高貴な二つの性質によって充たされている。リズムとハーモニーがそれである。(P.36)

といった感じ。
65歳の知の巨人ホンジンガの“遊び”ということに関するありとあらゆる知見が収められているので、延々と濃い議論が展開されるので読み始める際には覚悟が必要だと思った。

2007年11月06日

麻薬書簡 再現版 - ウィリアム・バロウズ, アレン・ギンズバーグ


Title: 麻薬書簡 再現版 (河出文庫)
Author: ウィリアム バロウズ, アレン ギンズバーグ
Price: ¥ 756
Publisher: 河出書房新社
Published Date:

南米にあるとされる最強の薬「ヤーヘ」を巡って、エキセントリックな小説家、ウィリアム・バロウズと詩人アレン・ギンズバーグとの間でやりとりされた手紙の形をとって書かれた文章群をまとめた本(一部、本物の手紙もある)。
山形浩生さんによる新訳。

徹底的に破滅的な人格を持ったバロウズが南米で感じたあれやこれやがつらつらと書かれており、まっとうな神経を持ってる人には読むのが辛くなる描写も多く含まれている。彼のヤーヘ体験に関する記述は比較的タンパクだが、その7年後にヤーヘを体験したギンズバーグの記述及び彼が見た幻覚はなかなか興味深い。

それにしても、バロウズという人物が色んな意味で興味を惹く人物であることは間違いない。内気で内向的な麻薬中毒のホモセクシャル。酔った挙げ句のウィリアムテルごっこで妻を射殺した男。死ぬまで意味不明な雑文を書き続けた人生には、常に不安定さと死の影がつきまとっていた。

ヤーヘを前にしてひるんでいるギンズバーグを叱咤激励する手紙でバロウズが触れているハッサン・サバーとは、12世紀のペルシャで若者を麻薬を使って殺人者に仕立て上げ、アラムートの砦を支配し続けた人物。彼が残した言葉「何事も真実にあらず、すべては許されている」は、バロウズにとって最も信頼することができる金言だったのかもしれない。