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2007年12月29日

高学歴ワーキングプア - 水月昭道


Title: 高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)
Author: 水月 昭道
Price: ¥ 735
Publisher: 光文社
Published Date:

日本の大学・大学院における現実を直視し、問題提起した本。
日本における「教育」がいかに節操のないものか、ということを再認識させてくれる。

学生が減って雲行きが危うくなってきた大学に対して「大学院を重点化すればいいじゃない」と学生から金を絞ることを教えた文部省。そして、大学院で専門的な知識を得た学生が増産され、彼らがどう生きるべきかということに関しては興味を持たない利益優先主義の大学。
既得権利を守ることに汲々としながら、学者としての本分を全うしないサラリーマン教授・・・。

もちろん、この本が描いている現実は今そこで起きていることの一面に過ぎない。だけど、博士号を取得した人たちの半分近くが定職を得られないという事実は大問題だと思うし、非常勤講師という恵まれない立場でくすぶり続けている人が多いという事実もそうだろう。

ほんと、今の日本でカオスだと思う。

株式会社という病 - 平川克美


Title: 株式会社という病 (NTT出版ライブラリーレゾナント)
Author: 平川 克美
Price: ¥ 1,680
Publisher: NTT出版
Published Date:

「株式会社」という存在が、どういった危険性を孕みつつ、現代において最も活動的かつ生産的な組織として機能しているか・・・といったことが論じられた本。

特に日本に関して言えば、「株式会社=お家制度の受け皿」という構図は非常に説得力のある説明だと思う。

「会社」とは、投資家にとっての投資先であり利益を生む機関であると同時に、社員にとっての生活の糧を得る場所であり、社会生活の大半を過ごす場所でもある。こういった視点を抜きにして、即物的に会社の「価値」を論ずることは危険を伴う。
会社とは、ひとつの経済的な組織であると同時に、擬人化された組織でもあるのだ。

現代の日本人がいかにして「忙しい」「消費者」となったかの説明として、高度経済成長の時代にがむしゃらに価値を生産していた頃に憧れの的であった「消費文化」への「憧憬」がある、という分析には物凄い共感できた。

沢山の物事について、冷静かつ分析的であろうとする著者の生の声が詰まったよい本。

2007年12月28日

十六世紀文化革命 1 - 山本義隆


Title: 一六世紀文化革命 1
Author: 山本 義隆
Price: ¥ 3,360
Publisher: みすず書房
Published Date:

17世紀に花開き、人類の新しい局面を切り開いたヨーロッパの科学・文化革命に先立ち、じっくりと地中から養分を吸って貯め込み、次の時代への先鞭となった16世紀の有名・無名な人々に焦点を当てた本。

ラテン語を用い、神学、哲学、医学しか教えず、「使えない」知識の掃き溜めとなっていた中世の大学にとって変わり、発達し始めていた都市の中で育まれた職人や芸術家、それに技師や商人達による「使える」知識が「共有」されるようになったのが16世紀という時代らしい。
印刷技術の発達により、それまでギルドや一族の間だけに閉じられていた知識が流出した、という側面もあるようだ。

当時では、ラテン語以外の「俗語」でアカデミズムの領域である本の出版を行うことは「恥ずべき」ことであり、またその集団にとっての既得権利である「知識」を外部に漏らすこともまた「禁じられたこと」だったのだろう。

それでも、この本で示されているような変化が起きたのはどういうことかと言えば、例えば「黒死病(ペスト)の大流行」といったような災害が起きたときに「救い」となったのが大学で勉強したような「医師」ではなくて、低い身分の人間として蔑まれていた「外科医」だとか「理髪外科医」(よく知られていることだけれど、当時において理髪師とは民衆にとっての万能医だった)であったという現実だったのだろうと思う。

固着化して前に進むことができなくなっていた当時のヨーロッパ文明において、沢山の刺激と偶然、それに技術的革新によって文化や芸術、それに技術や学問の世界に地盤変動が起きていった姿を克明に捉えた非常に示唆的な本。

散りぎわの花 - 小沢昭一


Title: 散りぎわの花 (文春文庫)
Author: 小沢 昭一
Price: ¥ 470
Publisher: 文藝春秋
Published Date:

「幸せはささやかをもって極上とす」とか、さりげない名言やイイ話が詰まったエッセイ。

小沢昭一さんの語り口と同じように、落語のようなくだけたノリの文章なので、肩の力を抜いて楽しめる。子供の頃の遊びの記憶、落語にハマった話、新劇で演技することに目覚めたり、映画にたくさん出演した話。趣味の俳句や、放浪芸の探求、浪花節、芸人の一生・・・とまぁ、話題は尽きない。

小沢昭一さんの演技は、とにかく笑えて、楽しめて、最高にいいなぁといつも思っていたのだけれど、本人としては「仕事である」ということを強く意識してサービス精神を発揮しているのだそうだ。不真面目な顔をして実は真面目で一生懸命な人なのだなぁ、と感じた。

2007年12月24日

ソロモンの指環 - コンラート・ローレンツ


Title: ソロモンの指環―動物行動学入門 (ハヤカワ文庫NF)
Author: コンラート ローレンツ
Price: ¥ 735
Publisher: 早川書房
Published Date:

オーストラリアの動物学者、コンラート・ローレンツさんの本。
彼が生き物と生活を共にし、その複雑な行動様式を学び、驚嘆し、感じたことを読みやすい文章で綴っている。

独立したひとつの生態系としてアクアリウムの話、コクマルガラスを飼育した話、そしてガンの子マルティナを親代わりとして育てた話など、どれも動物への愛が溢れた素晴らしい文章だと思う。
悪魔の格好でコクマルガラスの足環をつけた話だとか、街中で大声で叫んで頭上の鳥を呼び寄せた話だとか、微笑ましい話が多いのもよい。

最後のほうに書かれている、オオカミの仲間うちでの喧嘩に「礼儀」があることと、逆に弱い動物たちの間にそういったルールがないことを比較しての文章が実に印象的。

動物に対して、ステレオタイプな見方をすることを戒めてくれるよい本だった。

2007年12月17日

陶磁の道 - 三上次男


Title: 陶磁の道―東西文明の接点をたずねて
Author: 三上 次男
Price: ¥ 2,625
Publisher: 中央公論美術出版
Published Date:

中国製の陶磁が「海の道」を経て世界中へともたらされたことを綴った魅力的な本。

質・量共に優れた9世紀~15世紀の中国製の陶磁がたくさん発見されたというエジプトはカイロの郊外にあるフスタートという遺跡に関する話から始まり、東アフリカやアラビア半島、イスタンブールにメソポタミア、ペルシャ、インド、さらには東南アジア全域まで運ばれた膨大な量の陶磁を通じて、その時代時代に生きていた人たちの逞しい航海や貿易、そして陶磁を愛でた心を鮮やかに浮かび上がらせている。

2000年に復刻された豪華な本を図書館で借りて読んだのだけれど、もともとは新書として書かれたものらしく、新書のままで読んだ方が読みやすかったんじゃないかなぁ、と漠然と感じた。

**

陶磁に関しては100%素人なので、素人なりに用語をメモ。

- 白磁
白い胎土に透明釉をかけたもの。
6世紀後半、中国の北斉代から作られるようになった。

- 青磁
青磁釉をかけた磁器。
酸化第二鉄(ベンガラ)を利用し、1200度以上の高熱の窯で焼成される。センシティブな化学反応であるため、歩留まりが悪くその分珍重される。
中国の後漢から西晋の時代に作り方が確立された。

- 釉薬(ゆうやく、うわぐすり)
粘土や灰などを水で混ぜたもの。
陶磁の表面に塗ることで、焼いたときの化学変化でガラス質に変化し、耐水性を増加し見栄えをよくする。

- 染付け
白地の陶磁にコバルトで絵付けをしたもの。
中国では宋代から作られるようになった。

2007年12月16日

イスラーム文化 その根底にあるもの - 井筒俊彦


Title: イスラーム文化−その根柢にあるもの (岩波文庫)
Author: 井筒 俊彦
Price: ¥ 630
Publisher: 岩波書店
Published Date:

日本を代表するイスラーム学者である井筒俊彦による講演をベースにしたイスラーム文化入門。とても分かりやすい切り口から、イスラーム文化・イスラーム教の核心部を見事に切り出した名著。

人の目に付きやすい形式的な文化・宗教の側面にはほとんど触れず、イスラーム教がいかにしてイスラーム教となったか、イスラーム教が内在的に抱えている問題や、イスラーム教という宗教によって性格づけられているイスラーム文化、そしてイスラーム文化とは水と油の関係にあったアラビア的文化とがどうやって融合していったか、そしてシーア派やスーフィズムと呼ばれる主流から少し離れたところにある人たちに関する記述などが含まれており、実に中身の濃い本となっている。

イスラーム教を理解する上でポイントとして、

- 極めて厳格な一神教であること
- 「砂漠の宗教」というよりは「都市の宗教」「商人の宗教」であるということ
- (スンニー派に関して言えば)コーラン(聖典)とハディース(ムハンマドの言行録)と、これの解釈によって成り立っている「イスラーム法」(シャリーア)によって生活の隅々までが厳密にルール付けされていること
- 一神教である限り、他宗派に対しても寛容的な姿勢を持っていること

・・・といったあたりが挙げられるのではないだろうか。

コーランの中でも、その性格が大きく異なるメッカ期とメディナ期の違いや、コーランの成立過程、それにイスラム共同体の成立を助けた様々な文化的要因など、イスラーム文化を理解していく上で実に興味深い点がカヴァーされているのが素晴らしい。

イスラーム教にとってキリスト教やユダヤ教は、一神教という意味でも類似点があるし、同一のルーツを持っているにも関わらず、コンセプトレベルで完全に異なる性格を持っている、ということがよく分かる本だと思った。

2007年12月12日

峠に関する二三の考察 - 柳田國男

講談社の「日本現代文学全集36」に収録されてる小論文。
「峠」の語源に関する議論(タワ、タオリ、或いはタムケ)や、文明・技術の発達による峠の道の付き方の変移、そして峠の「表と裏」などなど、興味深いポイントが詰まった短い文章。

「峠道に限って里程の遠くなるのを改修と云って居る。それと云うのが七寸以下の勾配でなければ荷を負うた馬が通らず、三寸の勾配でなければ荷車が通はぬとすれば、馬も車も通らぬ位の峠には一軒の休み茶屋もなく、誰しも山中に野宿はいやだから、急な坂で苦しくとも一日で越える算段をするのである。」(昔の峠と今の峠)

これを読んでいると、わざわざテントを担いで山の中で野宿しに行く現代の登山家って人々は本当に酔狂なもんだなぁ、と思ってしまう。

「一言にしていへば、甲種は水の音の近い山路、乙種は水の音の遠い山路である。前者は頂上に近くなって急に険しくなる路、後者は麓に近い部分が独り嶮しい路である。(中略)峠に因っては甲種と甲種、又は乙種と乙種を結びつけたのもある。殊に新道に至っては前にも云ふ通り、乙種のものが多いけれども、古くからの峠ならば一方は甲種他方は乙種である。これを自分は峠の表裏と云ふのである。表口と云ふのは登りに開いた路で、裏口と云ふのは降りに開いた乙種の路である。」(峠の裏と表)

「冗談は抜きにして峠越えの無い旅行は、正に餡のない饅頭である。昇りは苦しいと云っても、曲がり角からの先の路の附け方を、想像するだけでも楽しみがある。(中略)更に下りとなれば何のことは無い、成長して行く快い夢である。」

柳田國男さんらしい、圧倒的な知識と趣のある文章でつづられた、味のある「峠考」。

2007年12月09日

生きるということ - エーリッヒ・フロム


Title: 生きるということ
Author: エーリッヒ・フロム
Price: ¥ 1,427
Publisher: 紀伊國屋書店
Published Date:

「自由からの逃走」の著者による、現代批判的文章。
人間の存在様式に「あること」と「もつこと」があり、現代の人間があまりに「もつこと」に傾倒しすぎているという主張はなかなか興味深い。

ただし、「あること」と「もつこと」というテーマについてしつこく書きすぎている印象を受けるし、最後のほうになって「新しい人間」とか「新しい社会」とか言い出しちゃったりしてるところは理想的啓蒙主義に走りすぎているようにしか思えない。前半から中盤にかけての分析が興味深いだけに、議論を遠くまで持って行き過ぎてる感が強くて惜しい本だと思った。

2007年12月01日

Withnail and I Everything you ever wanted to know but were to drank to ask - Thomas Hewitt-McManus


Title: Withnail & I: Everything You Ever Wanted to Know but Were Too Drunk to Ask
Author: Thomas Hewitt-mcmanus
Price: ¥ 1,081
Publisher: Lulu.Com
Published Date:

映画"Withnail and I"に関するトリビアが詰まった本。

AtoZ形式でまとめられており、ひとつひとつのエントリーが「ウィズネイルと僕」のマニア心をくすぐる知識に溢れていて、映画と同じようなウィットに富んだ文章も合わせて、なかなか楽しめる。

一見映画に関する細かい事実を粛々と積み上げた本に見えるけれど、著者の「ウィズネイルと僕」に対する愛が感じられるあたりが実にナイス。下手な解説本なんかを読むよりも、この本を読んだ方がよほど映画に詳しくなれること請け合い。
マニアならずとも、この映画に魅せられた人ならば誰でもが楽しめる本だと思った。

藤十郎の恋・恩讐の彼方に - 菊池寛


Title: 藤十郎の恋・恩讐の彼方に (新潮文庫)
Author: 菊池 寛
Price: ¥ 500
Publisher: 新潮社
Published Date:

文芸春秋を立ち上げた、実業家であり、小説家でもある菊池寛さんの短編集。
とある廃墟系サイトで、江戸時代に人力で掘られた隧道に関する物語として「恩讐の彼方に」が取り上げられていたので、読みたくなって図書館で借りてみた。

淡々とした調子の平易な文章でありながら、状況描写や心情描写が実にリアルで、文章のうまい人だなぁ、と思う。「恩讐の彼方に」は、托鉢と勧進によって、大分県の山国川沿いの難所に、青の洞門と呼ばれる隧道を開削した、実在の僧をモデルとした物語。不義の恋から主君を殺してしまい、悪事を重ねていった挙げ句に改心して僧となり・・・という経緯は彼の創作のようだ。

「藤十郎の恋」は、和事の創始者とされる初代藤十郎の物語。近松門左衛門の手による大経師昔暦(溝口健二が映画化している「近松物語」)を初演するに至った藤十郎がいかにして「不義の恋」を演じる極意を掴んだのか・・・、という筋。さらっとして短い話だけど、物語に必要なエッセンスが上手に詰め込まれているので実に楽しく読めた。