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パウロ -伝道のオディッセー - エルネスト・ルナン

宗教・人類学


Title: パウロ―伝道のオディッセー
Author: エルネスト ルナン
Price: ¥ 2,520
Publisher: 人文書院
Published Date:

ルナンによる「キリスト教の起源史」の第三部「聖パウロ」。
忽那錦吾さんによる、「キリスト教の起源史」の翻訳プロジェクトとしては、「イエスの生涯」に続く2冊目。

パウロというと、ある1日の出来事によってキリスト教の迫害者から最も熱心な使徒となり、厳格なユダヤ主義者と対立し、広く地中海世界を伝道して回ってキリスト教を世界的宗教にした立役者という印象が強い。新約聖書の中でも、特別な地位を得ている「ローマ人への手紙」は彼の手によるものだ。

この本では、パウロの4回に渡る伝道の旅を丹念に調べ、想像することで、その旅の様子や、パウロが絶えず抱えていた葛藤や悩みを実に見事に再現している。

ローマの市民権を持つ有力なユダヤ人であり、律法に忠実なパリサイ派であったパウロ(ユダヤ名はサウル)は、キリスト教徒を迫害するためにダマスコへと向かう道すがら、復活したキリストの幻影に出合い、突然失明する。迫害する立場であったパウロは、迫害する対象であったキリスト教徒の祈りによって失明から回復し(「目から鱗が落ちた」の語源とされる)、キリスト教徒として熱心に活動するようになる。

律法を守ることよりも「愛すること」を説いたパウロは、常に「行動の人」であり、「雄弁な書き手」だった。生前のイエスを知らず、ある意味においてはイエスを徹底的に美化し、自分流に解釈したキリスト教を死ぬまで伝道し続けた彼の生涯は、愛に溢れたものであったと同時に、一途な情熱に突き動かされたものだったのだろう。

彼が持っていた「強さ」は同時に「危うさ」でもあったことをルナンは的確に指摘していて、「狂信的」とまで言い放っている。激しやすく自分の意見に固執しがちな彼の性格は、行く先々の町で問題を引き起こしたし、生前のイエスを知るイスラエル教会の重鎮達とも衝突した。

とはいえ、彼の存在なしに今のキリスト教がなかったであろうことはそのルナンさえもが認めている事実であり、彼の存在は初期のキリスト教会の発展にとって決定的な違いをもたらしたのだから、歴史とは面白いものだと思う。

新約聖書の時代の地中海世界を旅しているような気分になってくる、魅力に溢れた読書体験だった。