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完訳・マルコムX自伝 - マルコムX

伝記


上巻をアメリカ出張で読破し、下巻は1週間かけてチロチロと読んだ。

「ルーツ」を書く前のアレックス・ヘイリーさんが2年という時間をかけて本人から直接聞き取った、「壮絶」としか言いようのないマルコムXの人生が収められている。

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アメリカ合衆国最下層の民として生まれ、信念を持って闘争していた父を殺され、母が発狂し、挙げ句の果てに落ち着いたのがニューヨークのハーレム。ポン引き、麻薬の売人、拳銃強盗・・・と、思いつく限りの悪事を重ねながらその日暮らしの生活を続け、住み難くなったハーレムを離れて異母姉妹の住むボストンに戻る。ここでも白人の情婦を含む昔の仲間と強盗を重ねるが、ついには逮捕され、懲役8年の刑に処される。この時、マルコムXはまだ20歳。
この世のあらゆるもの(白人、貧乏で無知な黒人、そして自分自身)を呪い、刑務所では「サタン」と呼ばれた彼だったが、兄弟の勧めからイライジャ・ムハンマドによるブラック・ムスリム運動に出会い、信仰に目覚めて熱心に本を読んで勉強するようになる。もともと頭のよい彼はすぐに人々に大きな影響を与えることのできる指導者となり、出獄後はブラック・ムスリム運動の拡大に奔走する。
マルコムXの"X"とは、アフリカから連れて来られた後に失くしてしまった家族の名前をあらわす"X"だ。ブラック・ムスリム運動自体は他愛のない論理(白人に対する嫌悪)をベースにした怪しげな運動で、イライジャ・ムハンマドの偽善(運動の基礎原理を本人が破っていた)に気付き、それに反発した結果運動から排斥されたマルコムは、自分の組織を作り、中東、西欧、アフリカの各国を巡って知見を広げるようになるが、ブラック・ムスリム運動側の放った刺客によって暗殺される。

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「可哀想な人」というのがこの本を読んで、一番はじめに感じた感想だ。素晴らしい才能を持って生まれたにも関わらず、人生の大半を恵まれない環境の中で過ごし、世に出たと思ったら一番信じていて人に裏切られ、世界に飛び出していこうと思ったら殺されてしまった。
それでも、最下層の民の生活を最もよく知る告発者であり、強力なアジテーターとしてのマルコムXは実に魅力的だ。逮捕されて一回は死んでいる、という諦めから来る猛烈な行動力と論争力でアメリカ黒人が受けてきた屈辱を世界に紹介し、閉じられたアメリカ黒人の目を開くべく、闘い続けた。

自伝では珍しく、巻末に「エピローグ」という名目で共同執筆者(実質的な著者)であるアレックス・ヘイリーによる解説がついている。この本が自伝として成立していった過程が正確に記述されていて、たくさんの時間をマルコムと過ごすことで彼の魅力に惹かれていった彼の、マルコムに対する友情が文章の中から読みとれてなかなか面白い。

後半部分(彼が自分の組織を作って、海外に行ったりするあたり)は少しダラダラしている感があるが、現代に生きた一人の猛烈な人間の記録として、これ以上のものはないと思う。
こういうとてつもないパワーを持っている人がいる国(=アメリカ)は、やはり強いものだなぁ、と思う。今はそうでもないけど・・・。