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平和の経済的帰結 - ケインズ,J.M.

経済学・社会学


森嶋道夫さんの本で取り上げられていたので、読んでみた。
狭義での「経済学」という枠では捉えられない本だと思う。

ケインズは、一次大戦後のパリ講和会議にイギリス大蔵省主席代表として出席する。これまでの戦争では考えられなかった大きな被害を蒙った諸国の感情は複雑で、連合諸国は敗戦国ドイツに対して莫大な賠償を請求する。
ここで良心の人・ケインズは立ち上がり、代表を辞任してこの本を書いた。

「もし、連合諸国がこのような賠償をドイツならびに他の敗戦国に対して課するのであれば、我々連合諸国は敗戦国を一代の間完全な奴隷状態として悲惨な状態に置くことになる。これは、ヨーロッパの未来にとって大きな障害となるばかりでなく、いつか大きなしっぺ返しを食らうだろう。」
・・・というのが本書の趣旨だ。

結果論的に言ってしまえば、ケインズの慧眼があったにも関わらず、国境沿いの諸地方の割譲や莫大な賠償金を規定するヴェルサイユ条約はほとんど手を加えられることなく調印され、その後のヒットラー率いるナチス台頭の遠因となった。
それでも、ケインズのやった仕事はあまりにも立派だ。
彼の仕事がなかったならば、第二次大戦の戦後処理において戦勝国が敗戦国の復興に責任を持つようなことは起こりえなかっただろうし、またもや莫大な賠償金が敗戦国に課せられていた可能性さえもある。

この本は、経済学的分析というツールを使い、いかに人がその良心を発揮することができるか、ということを示した素晴らしい例だと思う。ケインズは、経済学よりも何よりも、人間の良心に対して訴えているのだ。

「もしわれわれが故意に中央ヨーロッパの窮乏化を目指すとすれば、私は敢えて予言するが、容赦なく復讐がやってくるだろう。(p.210)」

「しかし、もし仮にヨーロッパ諸国民の魂が、この冬に、とわれわれは祈らざるをえないが、戦争によって生み落とされ、戦後もなお生き残っている偽の偶像から顔をそ向け、現在彼らに取り憑いている憎悪心とナショナリズムの代わりに、ヨーロッパ一族の幸福と連帯性という考えと希望とを心に抱くようになればーそのときには、自然の敬虔心と[ヨーロッパ一族の]子としての愛情に動かされて、アメリカ国民も、私的利害からの一切の小さな反対論を放棄し、組織的暴力の圧制からヨーロッパを救出する点で開始した彼らの仕事を、ヨーロッパをヨーロッパ自身から救出することで、完成しようとすることになるのではなかろうか。(p.223)」