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うさぎ! - 小沢健二

小説・詩集


知らぬ間に小沢健二が新しいアルバムを出していて、さらに童話風の小説なんかも書いて、お父さんの小澤俊夫さん(童話研究家)が編集している「子どもと昔話」という季刊雑誌に発表していた。

小説の名前は「うさぎ!」で、よくよく調べてみたら小沢健二のホームページのホームページで公開していたので、早速読んでみた。

一般的な童話のように抽象化された分かりやすい言葉を使う代わりに、彼独自のウィットが光る、へんてこりんな比喩がたくさん使われているのがまず目を引く。
これは、ある意味「現代の童話」と言っても良いのかも知れない。
物語の雰囲気といい筋といい、エンデの「モモ」に非常に近いものを感じる。物語に登場する「灰色」は「モモ」に登場する「時間泥棒」にとても似ているのだけれど、小沢健二は童話的手法をあえて取らずに、「灰色」の気持ちをうまく代弁していくことで、物語(仮想的な現代社会の縮図)の状況を鮮明に描くことに成功している。

1995年に没したエンデの時代から10年以上経って、エンデが鳴らしていた警鐘は人の耳に届いていない。
「開発途上国」という名の下に、その国の人たちが本来持っていた豊かさと引き替えに、経済発展を進める国々。
そして「先進国」という名の下に、寝る間も惜しんで働きながら、ますますマネーゲームの渦中へと飛び込んでいく先進国の人々。

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「うさぎ!」は、父親が童話研究家、母親が心理学者、という特殊なバックグラウンドを持った小沢健二による現代批判であるように思える。
厳密に言うと、これは現代に限らず人類史上常に問題とされつづけた「人を愛する」ような基本的なことを主題としていて、ある意味においては宗教的であるとも受け取ることができる。
小沢健二がこれまで何度も歌の歌詞に書いてきたように、人生を本当に楽しくするのは組織だとかお金だとかにとらわれずに「自分のために何かを創造して、その価値観を共有する」ような、そういったことを彼はこの物語でも訴えかけようとしているのだろう。
クリエイターとして彼の才能が、また大きく羽ばたくことを期待したい。

「喜びを他の誰かと分かり合う それだけが心の中を熱くする」(痛快ウキウキ通り)