夢のロードバイクが欲しい! / ロバート・ペン

世界中を自転車で旅してきたジャーナリストの著者が、「究極のマイバイクが欲しい」と思い立って、その自転車を組み上げるまでを描いた本。

この著者の面白いところは、徹底的にこだわりぬいて選んだひとつひとつのパーツを入手する際に、わざわざそのパーツが生まれてきた「物語」を求めてそれが作られている現場まで足を運び、自転車の歴史と絡めて一冊の本に仕立て上げてしまったこと。

ヘッドパーツを求めにポートランドのクリスキングへ向かい、ステムとハンドルのためにミラノのチネリ、コンポーネントのためにヴィチェンツァのカンパニョーロ、タイヤのためにコルバッハのコンチネンタル、ホイールのためにフェアファックスの有名なホイールビルダー、サドルのためにバーミンガムのブルックス・・・という具合に「ただパーツを揃えて自転車を組む」だけではなく、自転車のパーツひとつひとつが持っている歴史・価値にまで踏み込んでいる。

乗馬の代わりとしてステアリングシステムと一緒に誕生したドライジーネからはじまり、競技指向で速度を求めて前輪のホイール径が極端に大きくなったオーディナリーの時代、そして後輪をチェーンでドライブして現在の自転車の基礎を作ったセーフティー・・・と、自転車の歴史についても蘊蓄たっぷりに述べられており、自転車について詳しくない人でも、自転車が好きな人でも、存分に楽しむことができる本になっていると思う。

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最終的に著者が組んだ構成を書き出してみると、

フレーム:イギリスで有名なフレームビルダーにフィッティングも含めてオーダー(クロモリ)
ヘッドセット:クリスキング
ハンドルとステム:チネリ・ラム
グループセット:カンパニョーロ・レコード
ホイール:アメリカのホイールビルダーにオーダー(ロイスのハブ、サピムのスポーク、DTスイスPR1.2)
タイヤ:コンチネンタル・GP4000
サドル:ブルックス・チーム・プロフェッショナル

…ってな感じ。

名声のあるフレームビルダーにゼロベースでフレームをオーダーし、自分の体にあったフレームを作ってもらい、自分の好きな色を指定して、徹底してこだわりぬいたパーツの物語を探求した上で入手し、それをつけて自転車を完成させていく・・・というプロセスは、自転車が好きな人間にとって至高の体験と言えそう。

ちなみに、原題の”It’s All About the Bike”は、ランス・アームストロングの有名な本”It’s Not about the Bike”(ただマイヨ・ジョーヌのためでなく)に対するアンチテーゼ。自転車という乗り物や、それにまつわる文化をこよなく愛する著者が、ちょっと斜に構えてつけられたランスの本のタイトルに対して「ランス、何を言ってるんだ。自転車なんだよ、結局、すべて自転車なんだ。」と書いているくだりは著者の自転車馬鹿っぷりが丸出しで実にナイス。

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「わたしには新しい自転車が必要だ。今すぐオンラインショップにクレジットカードで3000ポンドほども支払えば、大量生産されたカーボンかチタンのロードレーサーを手に入れることができる。(中略)でも、それは間違っている。ほかの多くの人びと同様わたしもまた、次から次へと出る新製品を追いかけることに腹立たしさを覚えているのだ。求めるのは、その悪循環を断ち切る一台だ。この先30年、いや、それ以上も乗り続ける自転車。そして、それを手に入れるプロセスも楽しみたい。財布が許す限り最上のものを入手し、それとともに老いていく。しかも、これは一生に一度だけ自分に許す大散財だ。だから、わたしはそれがただのすぐれた自転車以上のものであることを要求する。(中略)日常的に自転車に乗り、自分の“馬”に対しほんのかすかでも敬意と愛情を感じている人なら、わたしのこの「究極のマイバイクが欲しい」という切望がわかってもらえるだろう」
P.23

「自転車は毎日わたしの人生を救ってくれている。もしあなたが一度でも自転車に乗っているときに畏敬や自由の瞬間を体験したことがあるなら、もしあなたが悲しみを抜け出して二つの回転する車輪のリズムに任せたなら、もしくは額に汗をにじませて丘の頂上までペダルを踏んでいるときに希望が復活するのを感じたなら、もしあなたが丘の長い下りを鳥のように急降下しているときに、世界が静止しているのではないかと思った経験があるなら、もしあなたがたった一度でも胸を高鳴らせながら自転車に乗っている時に、ありふれた並みの人間が神に触れているかのように感じたことがあるなら、わたしたちは何か本質的なものを共有している。わたしたちは、自転車がすべてだということを知っている」
P.29

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著者が書いている通り、プロが乗っている最新式のカーボンフレームを手に入れて、何も考えずに最高レベルのパーツを組み付けていけば、最高に軽くて、最高によく走る自転車を手に入れることはいともたやすい。どっこい、自転車趣味というものは、そんなドライなものではなくて、もっとアナログで、個人化された、たくさんの物語を必要とする、奥の深い趣味なのだぞ、ということを教えてくれる本だと思う。

巻末にある「おすすめの本」には、未読の面白そうな自転車本がたくさん挙げられていたので(もちろんTim KrabbeのThe Riderも含まれている)、また時間をつくって読んでみようと思った。