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2009年04月24日

神仏のまねき - 梅原猛 市川亀治郎


Title: 神仏のまねき (梅原猛「神と仏」対論集 第三巻)
Author: 梅原 猛, 市川 亀治郎
Price: ¥ 1,890
Publisher: 角川学芸出版
Published Date:

宗教哲学者の梅原猛さんと、歌舞伎役者の亀治郎さんの対談。

半世紀も歳が離れた二人がやたらと楽しそうに語らっているのが印象的。亀治郎さんが梅原猛さんからの影響を常々口にしているのは知っていたのだけど、ここまでとは知らなかった・・・。亀治郎さんの芝居を構成・演出してきた方法論や考え方の中心に、梅原猛さんがはっきりと存在しているのだな、と思った。

歌舞伎や演劇といったテーマを通じて、古代日本から脈々と受け継がれている呪術的・宗教的なあれやこれやを切り出したり、中世~近代における日本の演劇・宗教・思想観の変異といったことに関して面白い議論が展開している。主に民俗学系のマニアックな知識の詰まったコラムも充実しているのも面白い。

全体的には、亀治郎さんが問いかけを発してそれに梅原猛さんが応えるという形で対談が進んでいくのだけど、亀治郎さんが語っている部分で面白かった部分があったので、そこを抜粋。

P.100
亀「歌舞伎界というのは、先人たちから伝えられてきた型は、全部正しいということになっているんです。だけど僕はそこで疑って、先輩が長年継承してきた型でも、本当にこの役の精神を現しているんだろうかと疑う。疑って疑って、疑い得ぬものが残ったら、それが本物だと思う。もちろん、間違った型でも、それが今まで伝えられてきたのにはそれなりの理由があるわけですから、それも考えあわせた上で。
(中略)しかしながら演劇というのは論理も大事ですけれど、論理を越えたところの「摩訶不思議」なところも大事だと思います。あまり理屈で芝居をすると冷たいものになってしまいます。
それで自分なりに役を構築して、自分で納得したら、一遍全部忘れるんです。で、しばらくして、三日間くらいぼうっとしていると、パッとひらめくんです。「あ、これで行こう」って」

P.158
亀「ただ、僕が疑問に思うのは、果たして「鳴神」が初演された当時、江戸時代において、役者がそういう二面性を考えて演じていたかということです。僕がやっている、心理を細かく掘り下げて、例えば先生がおっしゃった人間の深い精神を表現することは、果たして歌舞伎として本当の意味で正しいのか。実は歌舞伎はそういう二面性ではなく、もっと単純に人間を切り取るものかも知れない。」

P.178
亀「でも、熱っぽさとかそういう情熱だけだと役に深みがない。そういう意味で言うと、役者というのは、世阿弥の言う「離見の見」じゃないけど、理論と情熱が同居してなければいけないということですね。」
梅「だから、「蜘蛛絲梓弦」を観て安心したんです。あまり、賢すぎる役者になったら困るからね。こういうばかばかしいものもできるということは大事なことで、あなたが猿之助劇も吸収しているので少し安心しました。違うのは、猿之助だと、「これでもか、これでもか、これでもか」というところがあること。だから、僕に近いんですよ、絶対。」

2009年04月23日

マルコ・パンターニ 海賊の生と死 - ベッペ・コンティ


Title: マルコ・パンターニ―海賊(ピラータ)の生と死
Author: ベッペ コンティ
Price: ¥ 2,625
Publisher: 未知谷
Published Date:

稀代の名クライマー、マルコ・パンターニの生き様を綴った本。

これだけ波瀾万丈なドラマに彩られた人生を生きた人も少ないだろう。若い頃から自転車乗りとしての資質を見いだされ、そのカリスマ性からロードレース界のスターの座を射止めるも、不運な事故や怪我、それにドーピングスキャンダルに泣かされ続け、悲劇的な最期で短い人生にピリオドを打ったパンターニの姿を克明に描き出している。

EPOによるドーピングが常態化していた90年代のレースシーンではあるけれど、その中にあってあれだけ突出した走りを見せたパンターニは、やはり途方もなく優れたクライマーだったのだと感じる。天与の才能とむき出しのガッツ、それに茶目っ気を兼ね備え、人間的な弱さまでも表に出してしまうパンターニは、いつでも人の注目を奪わずにはいられない。そして、その注目の結果が彼の人生を狂わすことになってしまったのだろう。

レースの戦い方という観点から見れば、彼のアタックはいつも無謀で無計画的なところがあるし、長いステージレースの中で味方を作るという政治的努力も行わず、あくまで一匹狼的に勝利を求めた彼の戦略は「戦略」と呼べるものではなかった。それでも、観客の期待に応えるため、そして何よりも自分の内なる衝動に駆られるようにしてアタックを繰り返したパンターニの姿は、痛々しくも勇敢で、今もって多くの人たちの心を打つのだろう。

不必要に原語(イタリア語)を使いすぎている翻訳に不自然な印象を受けたものの、パンターニに関する資料としては一級品の価値を持った本。

2009年04月21日

アシジの聖フランシスコ - ヨルゲンセン


Title: アシジの聖フランシスコ (平凡社ライブラリー)
Author: イエンス・ヨハンネス ヨルゲンセン
Price: ¥ 1,260
Publisher: 平凡社
Published Date:

デンマークの詩人・ヨルゲンセンによる聖フランシスコ伝。
「言葉よりも行動で」福音を伝えようとしたフランシスコの姿を描き出した力作。

12世紀のイタリアの裕福な商家に生まれ、貴族・騎士のような華やかな栄光に憧れた青年時代を過ごしたフランシスコは、ある時を境に信仰の道を歩み始める。

持たざるべき教会が持ち、持たざる民が貧しさに泣いていた時代に、彼はイエス・キリストが実践していたことをあくまで忠実に再現しようとした。その徹底ぶりはローマの教皇からも知られるようになり、彼と彼の修道院はさらなる名声を獲得していく。

所有への欲望を一切放棄し、究極的なドMっぷりを追求したフランシスコの人生は、一人のキリスト者として理想的な姿だったのだろうと思う。でも、正直言って現代の日本に住む自分にとってはあんまりピンと来る人生ではないかな・・・。

落語の国からのぞいてみれば - 堀井憲一郎


Title: 落語の国からのぞいてみれば (講談社現代新書)
Author: 堀井 憲一郎
Price: ¥ 777
Publisher: 講談社
Published Date:

新書にありがちな薄っぺらい内容の入門本かと思いきや、これはしっかり中身の詰まったよい本。

落語を一切聞いたことがない人でも読めてしまうくらいサラリとした文章だけど、細かいところを拾っていくと著者の濃ゆい性格がたっぷり出ていてクスリと笑える。現代人の我々が落語を聞いていて不思議に感じるあれやこれやを切り口に、様々な落語のネタを引き合いに出しつつ現代社会との比較を行っている。

上方落語を聞いて育ち、江戸落語にもどっぷり浸かってきた著者だからこそ書ける本だと思う。

2009年04月16日

子どもの貧困 - 阿部彩


Title: 子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)
Author: 阿部 彩
Price: ¥ 819
Publisher: 岩波書店
Published Date:

貧困学者による「日本の子どもの貧困論」。

「格差」という言葉がメディアをにぎわすようになって久しいけれど、この本で扱っているのは「貧困」問題。「貧困」の定義にも「相対的貧困」と「絶対的貧困」というのがあって、ひとつの社会の中での貧困(相対的貧困)と全世界共通の尺度での貧困(絶対的貧困)とがあるのだそう。この本における「貧困」とは「ひとつの社会において最低限の生活を送ることができない状態」(=相対的貧困)。

「国民総中流」の幻想が未だに深く根付いている日本では、「格差」の存在がまずもって注目されているわけだけど、何らかの形で補助を必要としている「貧困」状態にある人の数が想像以上に多いことに驚いた。

「子どもの貧困」という観点で見ると、シングルマザー世帯の子どもの貧困率が突出して高いようだ。それぞれの家庭の「格差」が子どもの「格差」として引き継がれている現実と、いかに政府が打ち出している「貧困対策」が空回りしているか、ということについても指摘がなされている。一番困ってる人に救いの手が届いていない現実をどうにかしたいという著者の気持ちが伝わってくる。

イギリスでは、ブレア元首相が打ち出した「2020年までに子どもの貧困をなくす」宣言によって、ティーンネイジャーがポコポコ子どもを産んで給付金で生活して・・・という問題が出ていると聞く。もちろん、これはこれで問題であるとは思うのだけど、ひとつの社会における子どもの価値は、その社会の全ての構成員にとって共通の価値なので、過度にフリーライダーを排除するような方向に動く必要はないのではないかと感じる。

日本におけるこの手のセーフティネットの拡充は、いつも対応が後手後手に回った挙句に何がしたいのかよく分からない形で世に出てくるように思うのだけど、この問題ばかりはきちんとした形での対応が求められているように思った。

2009年04月13日

最暗黒の東京 - 松原岩五郎


Title: 最暗黒の東京 (岩波文庫)
Author: 松原 岩五郎
Price: ¥ 588
Publisher: 岩波書店
Published Date:

明治25,6年頃の、日本に本格的な産業革命の波が押し寄せる前の東京の貧民層の生活を描いた本。「国民新聞」の紙上で連載されていた記事をまとめたもの。

東京の下町という名の吹き溜まりで、近代化の道をひた走る日本から「置き去りにされた人たち」の記録で、著者の松原岩五郎は実際にそういった人たちが住む貧民窟に住み込み、最下層の人たちがやる仕事を実際にこなすことで彼らの実態に迫っている。当時東京の下町に住み込んで車夫や残飯売り、日雇い人夫、見世物師といった仕事で日々の糧を得ていた人たちの生活は壮絶としか言いようのない貧乏&みじめさ。いかに「一億総中流」という言葉が幻想であるにせよ、当時の貧民層の暮らしに比べれば現代の日本人の「貧しさ」なんて可愛いものなんじゃないかと感じてしまう。

漢文調の文章が少々読みにくいのが気になるものの、教科書やテレビには出てこない明治期の人々の生活の一端をかいま見せてくれる貴重な本だと思った。

2009年04月11日

快感自転車塾 - 長尾藤三


Title: 快感自転車塾―速くはなくともカッコよく疲れず楽しく走る法。
Author: 長尾 藤三
Price: ¥ 1,575
Publisher: 五月書房
Published Date:

ちょっとアレなタイトルだけど、ゆるく楽しく自転車とつき合っていくノウハウが詰まったよい本。

レースのための道具であるがゆえに「速いこと=正義」になりがちなロードレーサーではあるけれど、「ゆっくり」「楽しく」「カッコヨク」自転車遊びしている著者の姿勢には共感できることが多い。まだまだ元気いっぱいの自分としては、この本に書かれた楽しみ方ばかりを肯定するわけにはいかないのだけど、50代、60代になって身体にガタが出るようになってからも自転車とつき合っていくには、この本に書かれているような知見が重要になってくるのだろう。

MTBでの(ゆるい)楽しみ方についても書かれていて、個人的にはここが楽しく読めた。車がないとMTB遊びをフルに楽しめないので手を出しかねているのだけど、楽しめる環境が整ったら物凄い勢いでハマってしまいそうな自分がいる。

それにしても、この著者の自転車やその他のものへのこだわりはさりげなく凄い。MTBではフルリジッド、ロードはもちろんホリゾンタルのクリモリでダブルレバー、そして・・・最後のほうのページの写真に出てきた著者の部屋に置いてあるスピーカーがハーベスのHL Compactであるところが自分的にツボだった。

手元にある自転車の中でも、クロモリフレームのCOLNAGO Master X-Lightは10年後、20年後でも違和感なく乗れるように思うけど、最新鋭のカーボンフレームであるところのCOLNAGO Extreme-Powerは10年後に乗っている姿がイメージできない・・・。最近の自転車フレーム・パーツの開発は過熱状態にあって、魅力的な自転車がない、という著者の指摘にも共感できるものがあった。

2009年04月08日

ズイコー夜話 - 桜井栄一


Title: ズイコー夜話―オリンパスカメラ外史 (現代カメラ新書 (No.86))
Author: 桜井 栄一
Price: ¥ 663
Publisher: 朝日ソノラマ
Published Date:

戦前の日本カメラ産業黎明期から、オリンパスでのカメラ開発・製造に携わってきた著者によるオリンパスのカメラ史。

「オリンパス(「高天原」)」やズイコー(瑞光)の名前の由来に始まり、内外のカメラ産業の発展、そして昭和12年(1937年)に産声を上げたオリンパスのカメラ開発がいかなる経緯を経て現代(といっても古い本なのでOMシリーズの誕生までしか触れられていない)に到ったか、という流れがよくまとまっている。

何よりも驚いたのが、アナログ時代のカメラ開発の速度。アナログ時代のカメラは2,3年というインターバルで製品開発がなされているような印象を持っていたのだけど、毎年のように意欲的な機能を持ったカメラが登場してトレンドが移り変わっていく様は現在のデジタルカメラを見ているかのよう。デジタル時代との違いは、製品としての劣化度が少ないために10年20年という長い時間売り続けることができるロングセラーモデルが存在できることかな。

フィルムの性能が貧弱だった時代や、35mmフィルムが定着して様々なカメラが登場して世を賑わわせていた時代の空気が伝わってきて、大変面白い読書体験だった。