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2008年11月29日

英雄なき島 - 久山忍


Title: 英雄なき島―硫黄島戦生き残り 元海軍中尉の証言
Author: 久山 忍
Price: ¥ 1,680
Publisher: 産経新聞出版
Published Date:

硫黄島の戦いで生き残った海軍中尉の記録。
タイトルが示しているとおり、硫黄島での日本軍の戦いが「善戦」だとか「有効なゲリラ戦」とはかけ離れた悲惨なものであったことが綴られている。

水も食料も乏しい中で防空壕と陣地を掘り、病に倒れ、圧倒的な敵の攻撃に晒され、まとまった戦闘が終結した後も生き続けるために敵の食糧を拾い、防空壕を転々とし続けていった日本兵達の姿はとにかく衝撃的。硫黄島での日本軍の戦いや、戦時中の出来事を美談化する最近の風潮に危機意識を持たれたのだろう、戦争がいかに惨めで情けなくて、人間を人間以下の存在にしてしまうものか、ということが徹底的に描かれている。

有名な西中佐のエピソードが作り話であるとか、図らずも米軍に壊滅的な被害を出すことに成功したロケット爆弾などの話はなかなか興味深い。何かにつけて褒め称えられる栗林中将が、現場のことなんてろくに見てない指揮官として描かれているのも、あながち間違ってないのだろうなぁ、と思う。会社でも何でも、組織の上に行けば行くほど現場のリアリティーから離れてしまうものだし、そういう観点から見ると、栗林中将はまだ比較的「マシ」な人だったのかなぁ、とかそういうことになるのではなかろうか。

ところで、こういった激戦地で生き延びた方には共通のものがあるように思う。それは、危険を事前に察知して行動に繋げる勘と、その危険から逃れることができる運だと思う。戦争という場所であれ、現実社会であれ、生き延びるために必要なスキルには大差はないのではないかと思う。

元中尉があとがきで書いているとおり、この本に書かれていることが100%の真実だとは思わない。それでも、時代の雰囲気や風潮の中で脚色されたものの裏に、どういった真実が転がっているのかを考えるために優れた資料であり、意見が詰め込まれた本だと思った。

2008年11月28日

ツール・ド・フランス 勝利の礎 - ヨハン・ブリュニール


Title: ツール・ド・フランス 勝利の礎
Author: ヨハン・ブリュニール
Price: ¥ 1,575
Publisher: アメリカン・ブック&シネマ
Published Date:

ランスの七連覇を支えたブリュニール監督の本。
副題は「いかに私は9年間で8回ツール・ド・フランスの勝者となりしか」でひとつ。

2007年にディスカバリーチャンネルチームの解散が決まった頃に書かれた(取材された)内容で、ランスがプロに転向した頃まで現役としてバリバリ走っていた話から、ランスに監督を頼まれてTDF7連覇を支えた話、そしてランス引退後に再びTDFでの勝利を掴むまでの話がミックスされて詰まっている。

戦略家として有名なブリュニール監督の、トレーニングやレースの作戦に関する徹底したやり方があちこちで紹介されているのが面白い。現役時代からレースの流れを見極めることに長けていたブリュニールさんだからこそ、彼が現役時代に学んだことをチームメンバーに徹底指導することで「勝てる」チームを作りあげることができたのだろう。

癌になる前のランスの無謀なアタックのエピソードやパンターニとの確執、それに自身が下りで崖から落ちて宙づりになった話などなど、ロードレースに興味がある人であれば誰もが楽しんで読めること間違いないだろう。

2008年11月17日

私の身体は頭がいい - 内田樹


Title: 私の身体は頭がいい (文春文庫)
Author: 内田 樹
Price: ¥ 600
Publisher: 文藝春秋
Published Date:

長らく積読状態になっていたので、引っ張り出して読んでみた。
最近の内田樹さんの本は、ブログからの切り貼りだけで構成されているものが多くてションボリなことが多いのだけど、この本はそれなりにテーマがまとまっていて、なかなか読ませる内容となっている。

内田樹さんが長年取り組んでいる合気道を軸に、武道の真髄ともいえる「不射の射((c)中島敦)」的な悟りについての自説を存分に披露している部分がメイン。この中でも、戦前、戦後の日本の柔道が辿ったスポーツ化の歴史と経緯についての解説が大変興味深かった。スポーツ全般どころか文化・学問全てに関して言えることだけど、日本はもういい加減欧米の呪縛から解き放たれてもいいんじゃないかなぁ、と思う。

スポーツがフェアーな競争であるなんてのは幻想に過ぎない訳だけど、その建前を守る努力を前提にして一生懸命やるから面白いわけであって、その一生懸命やる原動力のひとつが勝敗なのだと思う。とかく勝ち負けにこだわることが大好きな日本人は、もう一度スポーツや武道が持っている価値や意味について深く考えた方がよいのではないかと感じた。

面白かった部分を引用:

武道的な「強さ」あるいは「速さ」というものは、物理的に定量できるものではない。そうではなくて、通常の人間の意識や感覚では「記号的に文節することのできな」動きを、武道は「速い」動き、あるいは「厳しい」動きとみなすのである。(P.113)

「響き」とは複数の震動体・発音体が、それぞれ決して互いを否定せず、阻害せず、統制せず、ただ、互いの音を受け止め、享受し、装飾し、支えることに「我を忘れた」ときに、発音体同士の「あいだ」に発生する「誰の所有にも帰属しない和音そのもの」のことである。(P.207)

2008年11月11日

ブライヅヘッド ふたたび - イーブリン・ウォー


Title: ブライヅヘッドふたたび
Author: イーヴリン ウォー
Price: ¥ 2,940
Publisher: ブッキング
Published Date:

Granada TVが制作したドラマが有名なBrideshead Revisitedが映画化されると聞いて、原作を読んでみた。

ノスタルジックに英国貴族の没落を描いた作品かというとそうでもなくて、物語の主軸はあくまで個人や家族にとっての宗教というテーマ(特にカソリック)。主人公のチャールスと、彼にとっての思い出の場所であるブライヅヘッドとそこに住む家族の交流を通じ、この縦軸に絡んでくるのが、オックスフォードでの学生生活や、恋愛や結婚、それに戦争などといった横軸のテーマ。

「ブライヅヘッド」とは、今ではもう失われてしまった場所であり、精神性であったりしたものを象徴した何かで、そういう意味では、この物語は失われてしまった英国を英国たらしめていたものに対するイーブリン・ウォー式の鎮魂歌のようなものであるとも考えられる。

There is no true beauty, without decay.

2008年11月08日

不思議な少年 - マーク・トウェイン


Title: 不思議な少年 (岩波文庫)
Author: マーク トウェイン, 中野 好夫, Mark Twain
Price: ¥ 630
Publisher: 岩波書店
Published Date:

トム・ソーヤを書いた人が書いたとは、到底信じがたいダークな物語。

オーストリアの田舎町に住む少年が主人公で、平和な町にやってきたサタンという名の不思議な少年との出会いと、少年が巻き起こしていく騒動が描かれている。この不思議な少年こそは、堕天使として有名なサタンの甥っ子にあたる天使(あるいは悪魔)で、人間的な善悪感情を一切持たない存在として登場する。

晩年のマーク・トウェインが抱えていた厭世観と、人間存在に対する懐疑感をまとめた「人間とは何か」をひとつの寓話として書き下ろしたような作品で、老人と若者という構図が悪魔と少年という形に変えられているのが特徴。

前に河合隼雄さんの本に出てきたことから読んでみようと思い立ったのだけど、噂に違わず面白い本だと思った。

「人間とは何か」では、一方的に老人の主張が若者に押しつけられたまま最後までいってしまうのに対し、「不思議な少年」の場合は主人公の少年の「それでも、やっぱり」といった反抗がきちんと描かれているので、どことなく救いがある内容になっていると感じた。

2008年11月05日

人間とは何か - マーク・トウェイン


Title: 人間とは何か (岩波文庫)
Author: マーク トウェイン
Price: ¥ 588
Publisher: 岩波書店
Published Date:

「トム・ソーヤーの冒険」や「ハックルベリー・フィンの冒険」で知られるマーク・トウェインが、晩年に貯め込んだ毒を発散した社会批判の書。

「人間とは、常に内なる主人の衝動によって突き動かされる機械のようなものであり、何一つ自分で考えることのできないでくの坊である」という考えを持つに到った老人(マーク・トウェインその人)と、善良かつ敬虔なキリスト教徒であり、(当時として一般的な)人間存在に対する希望に溢れた啓蒙主義的な若者との会話を通じて、マーク・トウェインの意見が示される。

「人間の自由意志とは何か」という問いかけから始まり、人間の良心や、善良さといったものに対する全幅の信頼を寄せる社会的風潮や宗教的傾向に対して、厳しく「NO」を突きつけている。

「利己的な遺伝子」における遺伝子が「内なる衝動」だとか「生まれつき持っている気性」だとかに置き換わって議論されていると言うことができるのだけど、読んでいると気が滅入ってくるかも知れないので万人にはおすすめできない本。