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2008年04月30日

一の糸 - 有吉佐和子


Title: 一の糸 (新潮文庫)
Author: 有吉 佐和子
Price: ¥ 780
Publisher: 新潮社
Published Date:

歌舞伎座で見た「ふるあめりかに・・・」が面白かったので、有吉佐和子さんの小説を読んでみた。

裕福な家庭で何不自由なく育った娘が、文楽の三味線弾きに強く惹かれ、色んな思いや悩みを持ちながらも「芸に生きる男」に人生をかけて尽くしていく姿を描いている。
この娘・茜の視点から物語が語られるのだけれど、なんと言ってもこの話の焦点は文楽という舞台芸術と、その世界の中で生きている人たちの社会に絞られている。

文楽の義太夫節を織り交ぜて、詩情豊かに「文楽」という愛すべき豊かさを持った芸術に魅せられた人たちの姿が描かれていて、とても面白い小説だった。

自分たちの世代には、有吉佐和子さんの名があまり知られていないように思えるのだけれど、物語のオリジナリティーという意味でも、穏やかでいながらも鋭い語り口という意味でも、とても優れた小説家だなぁ、と素直に感じた。

2008年04月24日

女は何を欲望するか - 内田樹


Title: 女は何を欲望するか?
Author: 内田 樹
Price: ¥ 1,890
Publisher: 径書房
Published Date:

内田樹さんによるフェミニズム論。

社会活動としてのフェミニズムが下火になってしまった今、フェミニズムという考え方の存在意義を認めつつも、フェミニズム的主張の中でおかしな部分に対して鋭いツッコミをいれている。

例によって、「フェミニズム」という考え方をネタにして、自由気ままに議論が展開されているので、少し冗長的なところもあるけれど、そのあたりも含めて面白く読めた。

「**として読むこと」「**として書くこと」、に関する議論がなかなか興味深くって、フェミニズムとかそういうのを抜きにした普通の文学論として楽しめた。要するに、「ことば」というものは、書いている方も読んでいる方も、その内容に関して常に自覚的ではないのだ、というところに集約されるのだと思う。

「正しそうな」主張や理論には、注意した方がよい。
その主張や理論の虜になった人は、多くの場合においてその「正しさ」の射程範囲を誤認して、その「正しさ」を世界全体に対して適用してしまいがちだからだ、という冒頭の文章は実にまっとうな意見だなぁ、と思った。

2008年04月18日

貝と羊の中国人 - 加藤徹


Title: 貝と羊の中国人 (新潮新書)
Author: 加藤 徹
Price: ¥ 756
Publisher: 新潮社
Published Date:

京劇の研究者による「中国人」論。

読者が興味を持ちやすいように分かりやすいネタを提供しつつ、幅広い視点から中国人や中国文明を俯瞰している。さすがは民衆の間に根付いていた京劇の研究者だけあって、中国の人たちの生の考え方や感情をうまくすくい上げて、全く異なる感受性を持っている日本人にも理解しやすい形で説明しているなぁ、と感心した。

この本を読んで改めて思うことは、中国って「スゲェナァ」ってこと。
近代国家としての中国は歴史が浅いし、どうも好きになれないところも多いのだけれど、人とか、食べ物だとか、長い時間をかけて紡ぎ上げたり壊してきた文化といった意味では、これだけパワフルで面白い人たちは世界中を探してもそうはいないなぁ、と感じる。

なんというか、やらかすことの規模が大きいというか、時代が変わってるのに変わらないことが多すぎたり、民衆が色んな意味でスレてて逞しいなぁ、とか。

日本に住んでいて、日本人(たまに外人)に囲まれて生活していても感じられない、大陸の人たちの面白さに久しぶりに接することができた読書体験だった。

2008年04月16日

海賊版の思想 - 山田奨治


Title: 〈海賊版〉の思想‐18世紀英国の永久コピーライト闘争
Author: 山田 奨治
Price: ¥ 2,940
Publisher: みすず書房
Published Date:

18世紀の英国の書店主達の間で闘われた、コピーライトに関する裁判に焦点を当てた本。
山田奨治さんというと、「日本文化の模倣と創造」がとても面白くって、この本も期待して読んだのだけれど、期待に違わず面白い本だった。

印刷技術の発展によって出版業が興り、そこから「大衆向け」の本を書く著者が現れるようになった。そして、その「金のなる木」の権利を独占するべく、書店主(当時における「書店」とは、編集者であり、出版社であり、文字通りの書店でもあった)達が結束し、「コピーライト」という権利を明文化された。

そこに様々な政治的思惑や、商売上の損得勘定、さらには地政学的な要素が複雑に絡み合い、グダグダな展開になりながらも、「永久コピーライトが否定される」という*まっとうな*判定が下されたのがこの本で扱われている「ドナルドソン対ベケット事件」と呼ばれる有名な裁判。

現代において「著作権」と呼ばれているものは、それが明文化された当時から商売上の利益確保のため「だけ」に援用されてきたし、その後も既得権利者達の様々な思惑が主軸になって、変更が加えられたりしてきたのだなぁ、と思った。

また、当時の英国における、スコットランド人達の苦悩や努力は並々ならぬものがあったのだなぁ、とか、いろんなことを考えさせられた。

2008年04月15日

説教と話芸 - 関山和夫


Title: 説教の歴史―仏教と話芸 (白水Uブックス)
Author:
Price: ¥ 1,365
Publisher: 白水社
Published Date:

明治、大正の頃まで残っていた、お寺における完成された話芸としての「説教」に焦点を当てた本。

浄瑠璃や歌舞伎の元ネタとしての「説教節」の名はよく耳にしていたのだけれど、日本の芸能史において仏教が果たしてきた役割の大きさ再認識させられる読書体験だった。

実践され、生きていた頃の宗教の姿がありありと描かれていて、なかなか興味深い。何だかんだ言って、宗教でも科学でも、冷蔵庫でも洗濯機でも、人によって望まれたものが流行るし、人の欲望や感性に訴えることのできないもの・できなくなってしまったものは、遅かれ早かれ廃れる運命にあるのだと思う。

この本に興味を持ったのは、例によって小沢昭一さんの本。
彼は、著者の方に日本各地を巡って、今もまだかろうじて残っている説教や絵解き曼陀羅の語りの収集を行っていたのだそうだ。

当たり前であったものが当たり前でなくなるのは、あまりにも早い。

2008年04月08日

神々の沈黙 - ジュリアン ジェインズ


Title: 神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡
Author: ジュリアン ジェインズ
Price: ¥ 3,360
Publisher: 紀伊國屋書店
Published Date:

スケールの大きな「人間の意識の歴史」。
非常に興味深くてインスパイアリングな本。

人が自分の意識に対して意識的になるようになったのは、ここ3000年くらいのトレンドであって、その前の人類は「二分心」と呼ばれる心の構造を持っていたのではないか?・・・というのが著者がこの本でぶち上げている仮説。

この「二分心」とは、右脳の中に棲んでいる神々の声(自己の中の他者・幻聴)に従って物事を解釈している様式を指す。現代の統合失調症患者が聞いたり見たりするという、神々の声と似たようなものらしい。

生物学・考古学・歴史学・人類学・宗教学といったフィールドの知識と思考をフル回転させて、この仮説をベースに人類が残してきた足跡についてたくさんの面白い考察を行っている。

本の冒頭で書かれているように、確かに「意識」というものを冷静に見つめ直して見ると、日常生活の中で「意識的」になっている瞬間は思っているよりも少ない。息をしたり、歩いたり、料理をしたり・・・といった行動は、思っているほど「意識的」な活動ではない。

この「意識」というものが誕生した過程では、「言葉」の存在を抜きにすることはできない、と著者は言う。言葉とは、比喩と連想のリンクによって形作られるひとつの宇宙で、比喩の繋がりこそが意識を生み出したのだ。

**

・・とまぁ、非常に面白い仮説なのだけれど、これが全面的に肯定されることはないのかなぁ、とは思う。
それでも、この仮説で説明される人類の心の構造の変化と、それに伴う社会構造や文化様式の変化との繋がりは、非常に魅力的だし興味深いものだなぁ、と感じた。

2008年04月03日

自分探しが止まらない - 速水健朗


Title: 自分探しが止まらない (ソフトバンク新書)
Author: 速水 健朗
Price: ¥ 735
Publisher: ソフトバンククリエイティブ
Published Date:

「身も蓋もない言い方をするなら、自分探しの旅とは、現実逃避のことだ」・・・ということをのがこの本の主旨。

ただし、自分探しに没頭して、結果自分を見失ったり、世間から外れて生きている人たちを無闇に攻撃するような本ではなくて、日本の戦後の社会的状況をきちんと汲み取って、「自分探し」という風潮がいかにして生まれて来たか、ということについてしっかりと論じている。

実際、つい最近の自分にも、色々と悩み事があったりして、今の境遇を離れてエクストリームな世界に出て行こうかなぁ・・・なんて漠然と考えたりしていた時期があったので、「自分探し」に没頭する若者とは他人事ではない。

著者があとがきで書いているとおり、自己啓発セミナーのようなところで行われているポジティブシンキングは、ある局面では非常に有効なものだと思うし、身の回りの様々なことに対して、何の疑問も抱かずに生きてしまうことも問題だと思う。

結局のところ、色んな意味で恵まれている自分たちの世代にとって必要なものは、大人の視点を持って、逞しく世の中を渡り歩いていく勇気なのかなぁ、と感じた。