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2007年09月30日

始祖鳥記 - 飯嶋和一


Title: 始祖鳥記 (小学館文庫)
Author: 飯嶋 和一
Price: ¥ 730
Publisher: 小学館
Published Date:

実に魅力的な本。
あまりに面白かったので、ついつい夜更かしして読み切ってしまった。

江戸時代の日本に「空を飛ぶこと」に情熱を燃やし続けた男がいた。その名も浮田幸吉。備前の国は児島郡八浜に生まれ、表具師(掛け軸や襖、屏風などを扱う職人)として生活していた彼は、その技術と類い希な好奇心でもって巨大な凧を作って空を飛ぶことを目論むのだが・・・というお話。制度的には閉鎖的かつ固定的だった江戸時代において、自由な創造に思いを馳せた人間を描くことで、空間的にも精神的にも奥行きのある物語になっている。

彼が岡山城下に流れる橋の欄干から飛び上がったのは1785年と言われる。その後の彼の消息については諸説あるようだけれど、この本では想像を逞しくして、彼の冒険的な後半生を魅力たっぷりに描いている。

物語の主軸として、「鳥男」幸吉の他に、彼に関係した当時一流の人物達にスポットが当てられている点も物語のよい味付けになっている。弁財船に乗り込んだ海の男達の生き様や、塩の商いで新しい商路を見いだした商人の物語も、飽くなき挑戦心を持ち続けた男達の記録としてなかなか読ませる。

ただし、幸吉が乗り込んだ船の持ち主「源太郎」が北前船の先駆となったような記述があるけれど、北前船の航路(日本海沿岸を北上して北海道まで行き、太平洋側を下る)は1672年頃に開通していたようなので、少し食い違うような気もするが、まぁそういうのは置いておこう。

身分制度や頭の固い幕府によって身動きが取りにくい時代にあって、ひたむきに夢をおいかけた男達の記録だ。

2007年09月29日

反・キリスト―黙示録の時代 - エルネスト・ルナン


Title: 反・キリスト―黙示録の時代
Author: E. ルナン
Price: ¥ 2,520
Publisher: 人文書院
Published Date:

「イエスの生涯」がとても気に入っていて、本屋で偶然見つけたので迷わずゲット。忽那錦吾さんによるルナンの翻訳は、まさに現在進行形で進んでいるらしく、これは2006年の出版。

エルネスト・ルナンは19世紀のフランスの宗教史家で、キリスト教の歴史及びユダヤ人に関する研究で知られる。当時まかり通っていた非科学的な聖書解釈にメスをいれ、奇跡や超自然現象を抜きにイエスという人のヒューマニズムを褒め称えた「イエスの生涯」が有名。このほかにも、「イスラエル民族史」(日本語訳はまだ存在しない模様)や、「国民とは何か」などの著書がある。

この本の題名「反・キリスト」とは、キリストの死後にキリスト教会が発展していく最初期に壮絶な迫害を行ったローマ帝国の皇帝ネロのことであり、その時代に書かれた「黙示録」がいかにして成立したかが精緻な研究と文章によってまとめられている。

イエスの死後50年と経たないうちに、ユダヤ人の首都であり、心の拠り所である神殿を擁したイスラエルはローマ軍の総攻撃にあって壊滅し、ユダヤ人にとっての苦難の時代の幕開けとなる。この戦争については、ユダヤ軍の総司令官で、戦争の途中でローマ軍に捕まって有名な「ユダヤ戦記」で一躍後世に名を残すことになったヨセフスによってかなり詳しいところまでが知られている。

イエスの死後にローマ帝国の内外で起きた変化や、ローマに渡ったパウロによるイエス解釈(彼はイエス本人を知らない)と彼の手による教会の発展、そしてイスラエルで成長し、国難を避けてイスラエルを脱出したイスラエル教会の動向も合わせてよくまとまっており、この時代に関して考える際のよい道しるべとなる本だ。

現代における最新の研究成果とは多かれ少なかれ食い違う解釈も多いのだろうけれど、19世紀という時代にまとめられたキリスト教の黎明期に関する考察として、非常に価値のあるものだと感じた。

2007年09月26日

長いお別れ - レイモンド・チャンドラー


Title: 長いお別れ (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 7-1))
Author: レイモンド・チャンドラー
Price: ¥ 945
Publisher: 早川書房
Published Date:

村上春樹さんの新訳が出て、気になったので清水俊二さんの手による翻訳バージョンを読んでみた。

そういえば、「ライ麦畑でつかまえて」も全く同じ理由で読んだ記憶がある。村上春樹訳の本はあえて避けてみる、という行動にどういう意味があるのか分からないが、なかなか面白い本だった。

イヤミになりすぎない程度にクドく、ぶっきらぼうなようでいて神経質な文章。チャンドラー作品を読むのは初めてだけれど、読み始めてすぐに彼の文章と世界観の虜になった。
アメリカ西海岸の40/50年代的文化に対する愛着と嫌悪感が同居した描写が多く、カラッと乾いたハードボイルドなテイストと緻密な筋書きとが合わさって独特に魅力を作り上げているように思う。

この作品の一番の魅力は、なんといっても主人公フィリップ・マーロウの生き方、あるいは精神性だろう。儲からない私立探偵として細々と暮らしながら、気になったことには首を突っ込まずにはいられない。頼りなさげな雰囲気を持ちながら、自分の信念を貫くためならとことんまでやり抜く。格好悪さととびっきりの格好良さが同居した不思議な人格なのだ。

村上春樹さんの「羊をめぐる冒険」の「元ネタ」と言い切ってしまってもよいのではないか、と思うくらい類似点が多い。男二人の友情、強大な組織を持つ人間、慎ましい生活を送る主人公、友人を捜す旅、バーで酒を飲む描写、そして何よりもドライでウィットに溢れた文章。

なかなか好ましい作品だった。

2007年09月25日

青べか物語 - 山本周五郎


Title: 青べか物語 (新潮文庫)
Author: 山本 周五郎
Price: ¥ 540
Publisher: 新潮社
Published Date:

著者が若かりし日を過ごした、大正から昭和にかけての浦粕(現在の浦安)での日々の思い出を綴った作品。

この本を読もうと思ったのは、川島雄三監督による同名の映画がきっかけ。フィルムの中を活き活きと動き回っていた人たちのこと、そしてこの物語が書かれた当時の「浦粕」という場所のことをもっと知りたいと思ったからだ。

貧しい漁師村の人情味に溢れつつも油断のならない住人達との交流や、豊かな自然の中でののんびりとした風景。ごったく屋と呼ばれる料理屋兼売春宿の逞しい女達の武勇伝や、蒸気船の船長のほろ苦い昔話。
どれもこれも実に味があり、現在の日本ではまず見ることの出来ない世界観をチラリと覗くことができる貴重な「思い出」だ。

会話の中から著者の声を徹底的に省き、「外部者」である自分の傍観者的立場を強く意識しながらも、自らの意志で(あるいは罠にはめられて)現地での出来事のひとつひとつを冷静に観察している筆さばきが実に印象的な作品だった。

2007年09月24日

アイルランド歴史紀行 - 高橋哲雄


Title: アイルランド歴史紀行 (ちくまライブラリー)
Author: 高橋 哲雄
Price: ¥ 1,523
Publisher: 筑摩書房
Published Date:

「ヨーロッパの田舎」と評される、アイルランドの魅力がぎっしり詰まった本。

ローマ人さえも征服の刃を差し向けなかった、最果ての島。そこに暮らす陽気でお喋り、合理主義には縁のない人たちが織りなしてきた歴史上のドラマの数々や、その成果物たる建物や独自の文化を実に上手に描き出している。

アイルランドと言えば、自分の中ではジョン・フォード監督による映画作品や、パブとギネス、それに炭坑に熱心なキリスト教信者・・・という印象が強い。ケルト文化とキリスト教の結合の象徴としても捉えることのできる「ケルズの書」という美しい書物(聖書)も実に素晴らしい。

個人的には、もう少しビールやパブ、それにウィスキーなどに関する小話なんかを詰め込んでくれたらよかったかなぁ、と思った。アイルランドと言えばパブでしょう。

2007年09月22日

ものぐさ精神分析 - 岸田秀


Title: ものぐさ精神分析 (中公文庫)
Author: 岸田 秀
Price: ¥ 920
Publisher: 中央公論社
Published Date:

独特の魅力を持った心理学の本。
「セルフ・メディケーションとしての心理学」という感じで、著者自身が半生を通じて経験したり考えたりしたことが濃密に含まれていて興味深い。

「日本」という国家の精神分析や、宗教、性のタブー、そもそも心理学って・・・といった問いを含め、他人の理論に頼りすぎず独自の視点から心理学的アプローチを行っている。心理学に特別興味がなくてもサクサク読める。

下手に斜に構えたような議論を用いることなく、ストレートかつ鮮やかに一般的に信じられている「幻想」を解き明かし、価値の転換のようなことを上手にやってのけているので実に読み応えがある。ところどころ「んん?」と思わされるところもあるが、全体的に彼の意見には賛成できるところが多い。「忙しい人と暇な人」の議論なんて、本当にその通り。「人間の歴史上の“悪事”で、“正義”の名を借りて行われなかったものはない」とか、実にナイス。

多くの哲学者にもいえることだけれど、人間に関してこれだけ多くのことを語れる著者もまた、人間(&生きること)に関して実に多くの悩みを持って生きてきた人なのだなぁ、と感じた。

2007年09月19日

スコットランド 歴史を歩く - 高橋哲雄


Title: スコットランド 歴史を歩く (岩波新書)
Author: 高橋 哲雄
Price: ¥ 777
Publisher: 岩波書店
Published Date:

中身が濃く、非常によくまとまっていて、しかも面白い本。
スコットランドの近代史を丹念に観察し、その魅力を簡潔でありながらも丁寧に描いている。

フランスとイギリスという大国に囲まれ、さらにハイランドとローランドとで全くと言ってよいほど異なる文化を育み、宗教改革を境としてイギリスに半ば同化しながらも、自分達のアイデンティティーを守り続けたスコットランドの人たちの物語。

トーテムタータンやキルト、それにウィスキーなどなど、「スコットランドらしい」とされているものが、実は比較的新しい時代に生まれたものである、という事実はなかなか興味深い。英国連邦に合邦し、自分達のアイデンティティーが根底から揺さぶられたときにこそ、スコットランドの人たちは「自分達だけのもの」を求め、それを誇示することによって精神的な独立を図ろうとしたのだろう。

国家や宗教だとかいった問題に対してクールな姿勢を貫かれ、人間心理に対する深い洞察も含まれた良書。

2007年09月13日

ミラクルトレーニング - ランス・アームストロング、クリス・カーマイケル


Title: ミラクルトレーニング―七週間完璧プログラム
Author: ランス アームストロング, クリス カーマイケル
Price: ¥ 2,520
Publisher: 未知谷
Published Date:

ランスと、彼のトレーナーによる自転車トレーニングの本。

「***は***がよいだろう。ランスは***している。」という言い回しが300回くらい出てくるのが特徴で、自転車へのフィッティング方法からライディングスキル、そして実践的なトレーニング方法までがバランスよく詰まっている。

図書館で借りただけなので、トレーニング方法の詳細は斜め読みで済ませてしまったけれど、ひとつひとつのスキルのレベルアップを図っていく上で効果的っぽいトレーニング方法がよくまとまっているようなので、手元に置いておく価値のある本かもしれない。

2007年09月11日

センス・オブ・ワンダー - レイチェル・カーソン


Title: センス・オブ・ワンダー
Author: レイチェル・L. カーソン
Price: ¥ 1,470
Publisher: 新潮社
Published Date:

「沈黙の春」の著者による自然賛美。

「雨の森を歩こう」とか、素朴な自然との付き合いの中に、全ての人にとって大切な何かを描こうとしている。ワーズワースの詩のように、「私の心は躍る」瞬間を大切にして生きることの素晴らしさを説いた本。

2007年09月08日

漫画映画の志―「やぶにらみの暴君」と「王と鳥」 - 高畑勲


Title: 漫画映画(アニメーション)の志―『やぶにらみの暴君』と『王と鳥』
Author: 高畑 勲
Price: ¥ 2,625
Publisher: 岩波書店
Published Date:

日本のアニメーター達に多大な影響を与えた、ポール・グリモー監督によるアニメーション映画「やぶにらみの暴君」とその改題である「王と鳥」 の解説。

作品が辿った数奇な運命や、監督のグリモーと脚本のプレビュールの人となり、そして何よりも作品自体に関する細部にまで渡る考察が収められた貴重な本だ。

この作品が高畑勲さんや宮崎駿さん、ひいては日本のアニメーション界に与えた影響は計り知れないし、いわゆるディズニー的なアニメーション映画に対してフランスのクリエイターが魅せてくれた作品としても、さらには当時まだ「子供向け」と考えられていた「アニメーション」を見事なまでに大人向けの円熟した作品として昇華させ、世にアニメーション作品の可能性を問いかけたという意味でも非常に価値が高い。

脚本を担当した脚本家・詩人ジャック・プレビュールは、映画史上に残る名作「天井桟敷の人々」(この作品について書き始めるとキリがないので、ありきたりな紹介だけにとどめておこう)の脚本家としても知られている。「王と鳥」の脚本に関しても、アンデルセンの童話をベースに、21世紀となった今でも通用する現代性を兼ね備えた、一筋縄ではいかない物語を紡ぎ上げた。

勧善懲悪ではなく、あくまで地に足の着いた物語でありながら、さりげないタイミングで現れる素晴らしいアニメーション表現や歌、それに活き活きとした登場人物達が魅せる表情豊かな動作。ひとつの映像作品として、非常に充実しているのだ。

2007年09月06日

饗宴 - プラトン


Title: 饗宴 (岩波文庫)
Author: プラトン
Price: ¥ 630
Publisher: 岩波書店
Published Date:

プラトンによる対話集の中でも最も有名なもののうちのひとつ。

とある饗宴(=宴会)の席で、参加者の一人一人が「エロス」について語ることになり、最後にソクラテスが演説を行う。対話集としては入れ子式になっていて、この饗宴の席に参加していたうちの一人が、後になってこの会について語る、という状況。

ソクラテス以外の人の演説が当時のギリシャの人達が一般的に考えたであろう「エロス観」や「エロス賛美」に終始するのに対し、ソクラテスの演説は例によってシンプルかつ豊かに「エロス」という神、あるいは現象について解説を試みている。

駆け足で読んでしまったので、議論の詳細を拾い残している気がするので詳細については触れないでおこう。是非とも近いうちに再読せねばなるまい・・・。

想像の共同体 - ベネディクト・アンダーソン


Title: 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (ネットワークの社会科学シリーズ)
Author: ベネディクト アンダーソン
Price: ¥ 2,415
Publisher: NTT出版
Published Date:

「ナショナリズム」という不可思議な現象を「想像の共同体」と説き、豊富な具体例を挙げて解説した本。

著者の専門は東南アジア研究らしく、植民地国家から独立を経て国民国家になっていく様子をつぶさに眺めることによって、「国家」というリヴァイアサンがいかにして“想像”されるかを緻密に解説している。アジア以外にも、南アメリカやヨーロッパ諸国の状況に関しても密度の高い議論がなされており、ちょっとした豆知識の宝庫になっていたりする。

一人の人間が“想像可能な”範囲のコミュニティーの中で最も大きく、かつ現実的な効力を持っているのが「国」という単位なんじゃないかと思う。独立した言語や、神話めいた歴史、それに物理的な制約である地理などなど、沢山の要素から成立する「想像の共同体」について、実に多くのことを考えさせてくれた。