« 現代人のためのユダヤ教入門 - デニス・プレガー、ジョーゼフ・テルシュキン | メイン | ゲド戦記(4) 帰還 - ル・グウィン »

高熱隧道 - 吉村昭

小説・詩集


Title: 高熱隧道 (新潮文庫)
Author: 吉村 昭
Price: ¥ 420
Publisher: 新潮社
Published Date:

非常に硬派な文章で、黒部第三ダムのために掘られたトンネル工事の様子が綴られている。

一般的に「黒部ダム」といえば、プロジェクトXなどで有名になった黒部第四ダム(黒部湖)が連想されるけれど、「第四」の名が示すとおり、険峻な黒部川沿いには明治時代からダム建設の試みが幾度となく繰り返されてきた。

第三ダムの建設は、日本が第二次大戦へと突き進む時代背景もあってか、未熟な工法や安全基準を無視したやり方により、多くの犠牲者を出しながら進められたらしい。第四ダムの建設の殉職者が171名とされるのに対し、第三ダムの工事では、300名を越える犠牲者が出ているのもそのためだろう。

この小説では、第三ダム建設工事の中で最も熾烈を極めた阿曽原から仙人谷を結ぶトンネル工事の過程が描かれる。険しい谷の脇を無理やりくりぬいて作った「コの字」型の水平歩道は、一歩足を踏み外せば100m下の谷底まで滑落してしまう危険に満ちたルートだし、阿曽原から掘り始めたトンネルは30m掘っただけで岩盤の温度が60度を越える「高熱隧道」。冬の間も続けられた工事の最中には、世界的に見ても珍しい泡雪崩によってコンクリート作りの宿舎が対岸まで飛ばされたり、と山深い黒部の自然の脅威があっけなく人の命を奪っていく。

小説の影のテーマとして、主人公である建設会社の技師と、少しでも高い賃金を得るために命を代償に働く貧しい人夫たちとのコントラストにも焦点が当てられている。技師たちのちょっとした判断ミスは即人夫たちの死を意味し、「全く異なる人種」である両者は気を抜くことを許されない現場において、多くの矛盾に満ちた関係であることが繰り返し繰り返し強調されるのだ。

http://www.dokokyo.or.jp/ce/kikanshi0001/kenkyu.htm