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2007年08月31日

ゲド戦記(5) アースシーの風 - ル・グウィン


Title: ゲド戦記 5 アースシーの風
Author: アーシュラ・K. ル・グウィン, Ursula K. Le Guin
Price: ¥ 1,260
Publisher: 岩波書店
Published Date:

ゲド戦記の完結編。
死の国と生の国との扉を閉じることによって、全てが元通りになったかと思われたアースシーの世界だったが、竜たちの行動に異変が見られ、世界の均衡は保たれていないことに気づいた王レバンネンは「竜の娘」テルーを宮殿に呼び寄せるのだが・・・。

4巻に引き続いて、ゲドはあくまで脇役でテナーとテルー、そしてレバンネンと幾人かの旅を共にする人たちが主役となっている。
謎がすっぱり解けて、かなり回りくどくて難解な形で世界の均衡が戻るわけだけれど、このスケール感を表現しつくしたル・グウィン女史はやはり只者ではないと思った。

最近になって知ったのだけれど、彼女の両親は北米最後のインディアンと言われた「イシ」の研究に携わった文化人類学者だったのだそうだ。父親のアルフレッド・L・クローバーはネイティブ・アメリカンの研究の第一人者だったし、母親のシオドーラ・クローバーは「イシ―北米最後の野生インディアン」の著者。
「ことば」の力だったり、自然に関する描写ひとつひとつをとっても特徴的な彼女の文章は、こんなところにルーツを持っているのだと今更ながらびっくりした。

2007年08月30日

ゲド戦記(4) 帰還 - ル・グウィン


Title: ゲド戦記 4 帰還 (ソフトカバー版)
Author: アーシュラ・K. ル・グウィン, Ursula K. Le Guin
Price: ¥ 1,260
Publisher: 岩波書店
Published Date:

3巻を読んでからしばらく時間が空いてしまったが、なかなか充実した読書だった。

1巻から3巻まではゲドが主体的に行動し、戦う物語であったのに対し、4巻はゲドが若干脇役になって「女性性の逞しさ・強さ」だとか「日々の生活感」みたいなものが強調されているように感じた。

3巻でクモと戦い、魔法の力を失くしたゲドが竜によって連れて来られたのは生まれ育ったゴントの村。そこには、かつて彼が世界の均衡を取り戻すために遠くの国から連れ去ってきた巫女であり、今では農家の後家となっているテナーがいて、ゲドの社会復帰のために面倒を見てくれて・・・という話。

著者独特の自然描写や、アースシーの世界の不思議なルール、それに人間が普遍的に持っている「悪」の心に関する観察や洞察が実に鋭くて、読んでいてドキリとするようなところが多い。

2007年08月22日

高熱隧道 - 吉村昭


Title: 高熱隧道 (新潮文庫)
Author: 吉村 昭
Price: ¥ 420
Publisher: 新潮社
Published Date:

非常に硬派な文章で、黒部第三ダムのために掘られたトンネル工事の様子が綴られている。

一般的に「黒部ダム」といえば、プロジェクトXなどで有名になった黒部第四ダム(黒部湖)が連想されるけれど、「第四」の名が示すとおり、険峻な黒部川沿いには明治時代からダム建設の試みが幾度となく繰り返されてきた。

第三ダムの建設は、日本が第二次大戦へと突き進む時代背景もあってか、未熟な工法や安全基準を無視したやり方により、多くの犠牲者を出しながら進められたらしい。第四ダムの建設の殉職者が171名とされるのに対し、第三ダムの工事では、300名を越える犠牲者が出ているのもそのためだろう。

この小説では、第三ダム建設工事の中で最も熾烈を極めた阿曽原から仙人谷を結ぶトンネル工事の過程が描かれる。険しい谷の脇を無理やりくりぬいて作った「コの字」型の水平歩道は、一歩足を踏み外せば100m下の谷底まで滑落してしまう危険に満ちたルートだし、阿曽原から掘り始めたトンネルは30m掘っただけで岩盤の温度が60度を越える「高熱隧道」。冬の間も続けられた工事の最中には、世界的に見ても珍しい泡雪崩によってコンクリート作りの宿舎が対岸まで飛ばされたり、と山深い黒部の自然の脅威があっけなく人の命を奪っていく。

小説の影のテーマとして、主人公である建設会社の技師と、少しでも高い賃金を得るために命を代償に働く貧しい人夫たちとのコントラストにも焦点が当てられている。技師たちのちょっとした判断ミスは即人夫たちの死を意味し、「全く異なる人種」である両者は気を抜くことを許されない現場において、多くの矛盾に満ちた関係であることが繰り返し繰り返し強調されるのだ。

http://www.dokokyo.or.jp/ce/kikanshi0001/kenkyu.htm

2007年08月21日

現代人のためのユダヤ教入門 - デニス・プレガー、ジョーゼフ・テルシュキン


Title: 現代人のためのユダヤ教入門
Author: デニス プレガー, ジョーゼフ テルシュキン
Price: ¥ 2,100
Publisher: ミルトス
Published Date:

今日におけるユダヤ教を概観した本。
ユダヤ教・ユダヤ人に関してある程度興味があって、どこから切り込んでよいか分からなかった人にはうってつけの入門書。

ユダヤ教における「神」とはどういうものか、そしてなぜユダヤ教がかくも複雑な律法をその宗教的立脚点にしているのか・・・といったことをひとつひとつ丁寧に説明している。アメリカに移住したユダヤ人がユダヤ人的生活を送るためにはどうすればよいか、みたいなことについてもかなりのページが割かれており、なかなか興味深い。

ユダヤ教が一神教の元祖であり、最も古くから明文化された律法を守り続けている民であることはよく知られている。その長い歴史の中で彼らが紡いできたのは、いわゆる「聖書」だけではなく、「口伝律法」と呼ばれるタルムードと総称される律法群がある。

著者によれば、はユダヤ教における「神」とは、存在と善良性、その他全ての立脚点(あるいは根拠)となる「あるもの」であり、その存在なくしては全てが頼りなく移ろいゆくもの(相対的なモラルは、もともとなかったようなものである)となってしまうものなのだそうだ。そしてその神の存在を前提に、ユダヤ教の目標であるところの「善人であること、善をなすこと」を実践するためのガイドラインとしての律法が存在する、というのが著者の視点で、このあたりの議論は非常に納得できた。

まだまだユダヤ教・ユダヤ人については分からないことだらけで、知りたいことがたくさんあるのだけれど、頭の中に持っていた漠然とした問いはいくつか解けたような気がした。

2007年08月19日

剱岳 点の記 - 新田次郎


Title: 劍岳,点の記 (文春文庫 に 1-23)
Author: 新田 次郎
Price: ¥ 540
Publisher: 文藝春秋
Published Date:

明治40年、測量の基準となる三角点を設置するために剱岳に登った柴崎芳太郎さん一行の物語。

彼らが艱難辛苦の後に辿り着いた頂上で、奈良時代に修験者が残していったとされる錫杖の頭と鉄剣を見つけた話は有名だけれど、その詳細について触れる機会がなかったのでなかなかよい読書体験だった。もちろん、小説なので至る所にフィクション的要素が挿入されてはいるものの、測量に関する部分に関して手を抜かずに描写しているのでリアリティーのある物語になっているように感じた。

純粋な登山のように「登ったら終わり」ではなく、重くて嵩張る測量器具を持ち上げた上、さらに厳しい環境の中で測量を行ってきた測量という仕事は非常にハードだったに違いない。現代における、山岳救助隊とか、山小屋の人が道を整備したりするような苦労に通じるものがあるのかもしれない。

2007年08月11日

黒部物語 - 志水哲也


Title: 黒部物語
Author: 志水 哲也
Price: ¥ 3,150
Publisher: みすず書房
Published Date:

先日の北アルプス山行で、どこかの小屋(三俣蓮華小屋か、あるいは真砂沢ロッジ)でチョロっとだけ読んで気になっていたので、図書館で借りて読んでみた。

期待していたとおりのよい本で、黒部を知り尽くした著者にしか撮れない素晴らしい写真や、味わい深い文章が詰まっている。「黒部」と聞けば人は一大観光地と化した黒部ダムを想像するのかも知れない。しかし、この本に登場する「黒部」は、人の手が入ることを最後まで拒み続けているような自然の奥深さや魅力に溢れていて、ページをめくるたびに静かで険しい渓谷の中で水の音を聞いているような気分にさせてくれる。

危険と隣り合わせで黒部の渓谷を歩き、攀じ、下り、感動し、戦慄し、生き、生かされてきた人による実に素晴らしい本だ。

2007年08月10日

ナショナリズム 名著でたどる日本思想入門 - 浅羽通明


Title: ナショナリズム―名著でたどる日本思想入門 (ちくま新書)
Author: 浅羽 通明
Price: ¥ 945
Publisher: 筑摩書房
Published Date:

近代国家成立後の日本におけるナショナリズムをうまく俯瞰した本。

著者の言うとおり、ナショナリズムとは近代国家に生まれ育った全ての人間にとって切り離すことのできない「現象」なのだなぁ、と思う。

沢山の本と沢山のナショナリズム現象を紹介しつつ「じゃ、実際の所ナショナリズムってどうなのよ」という点に対して著者がきちんとツッコミをいれているところに好感が持てた。

「ナショナリズム」という現象は非常に奥が深い問題だ。そもそも「国家」とは何なのかという疑問もあるし、個人個人にとっての「国家像」が安定していない現代において、国民一人一人によって具現化してくるナショナリズムは必然的に異なったものとなるのだ。

2007年08月04日

山岳警備隊 出動せよ! - 富山県警察山岳警備隊編


Title: 山岳警備隊、出動せよ!
Author:
Price: ¥ 1,427
Publisher: 東京新聞出版局
Published Date:

先日、剱岳の八つ峰でパーティーが不幸にもお世話になってしまった(?)富山県警察が全国に誇る山岳警備隊の本。真砂沢ロッジに置いてあったのを途中まで読んでいて、なかなか面白かったので図書館で借りてみた。

プロジェクトXで取り上げられたりして有名になっているようだが、やはり立山連峰や剱岳、それに黒部の奥深い渓谷を守備範囲とする山岳警備隊の充実は素晴らしい。行動するのがやっとの厳冬期の雪山で、何日も何日もラッセルを続けて遭難者に合流したり、虫の息の遭難者を背負って岸壁を登攀したり・・・といった行動は、いかに山のプロフェッショナルとはいえ物凄い負荷のかかる仕事だろう。

我々のパーティーの救助を指揮していた園川さんが「福岡出身の新人」として登場していた。若手を怒鳴りつけ、叱りつけながら険峻な山での救難活動にあたられている氏には、これからのさらなる活躍とご無事をお祈りしたい。

リチャード三世 - シェイクスピア


Title: リチャード三世 (新潮文庫)
Author: ウィリアム シェイクスピア
Price: ¥ 420
Publisher: 新潮社
Published Date:

シェイクスピアの初期作品。
冷酷で明晰な頭脳を持つ英国王リチャード三世が容赦なく政敵を粛清して自らを王の座に据えた後、たった2年間の短い時間を経て反乱軍との戦闘中に殺されるまでが描かれている。

相変わらず、テンポもリズムも素晴らしいシェイクスピア劇。
「そばを通れば犬も吠え掛かる」という醜いリチャード三世が物語の中心軸として登場し、沢山の人たちを死に追いやった後、全てをコントロールしていたかに見えた彼自身もより大きな運命の奴隷として戦場で殺される。