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中世賤民の宇宙 - 阿部謹也

歴史・考古学


Title: 中世賎民の宇宙―ヨーロッパ原点への旅 (ちくま学芸文庫)
Author: 阿部 謹也
Price: ¥ 1,365
Publisher: 筑摩書房
Published Date:

2006年に亡くなられた歴史学者、阿部 謹也さんの本。
ボリューム感のある論文がいくつも収められているので、なかなか満腹感のある読書になった。

現代の日本人とヨーロッパ中世の距離感をさらりと解説した「私たちにとってヨーロッパ中世とは何か」からはじまり、時や空間に関する論考や、ヨーロッパ中世において死者がどういった存在であったかを解明する試み、そして中世における「賤民」がいかにして発生したかに関する詳細な議論などなど、阿部 謹也さんらしい魅力的な世界が綴られている。

全体的に論文調なので少し読みにくいが、「私たちにとってヨーロッパ中世とは何か」はこの本で書かれていることのアウトラインを描き出す優れた文章だし、最後の方の講演記録「中世ヨーロッパにおける怪異なるもの」にも、非常に分かりやすく著者の主張がまとまっているので、これらを一番はじめに読んでおくと比較的すんなりと阿部謹也さんワールドに入っていけるんじゃないかと思う。

個人的に興味深かったのは、ヨーロッパ中世における死生観の変化と遺言書の成立について。人間にとって避けることのできない「死」という事態を昔のヨーロッパ人がいかにして受け止めたか、そしてキリスト教がそれに絡んでくる様子、それにこれらの動きと常にパラレルに変化していた現世観の移り変わりについても考えさせられることが多い。

さらに、「ヨーロッパ中世賤民成立論」なるいかつい名前の論文も実によい。研究熱心な著者らしく、実に沢山のサンプルを提供しながら「二つの宇宙」という主題と、中世における賤民の発生について興味深い論考を行っている。「平和喪失宣言」や「人間狼」など、ヨーロッパ中世の奥に潜む知られざる闇のようなものが実に生々しく描かれている。

想像するに、著者が中世という時代に惹かれ続けているのは「ヨーロッパ中世において発生した文化的・文明的・宗教的転換が現代社会のプロトタイプになっているから」という漠然とした直感によるものなんじゃないかと思う。実際、ヨーロッパ中世とは実に多様性に富んだ混沌とした時代であり、そこにキリスト教が介入したことによる化学的変化はヨーロッパの歴史(=近代の歴史)にとってあまりにもクリティカルな変化であったのではないかと感じた。