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2007年06月28日

遺品整理屋は見た! - 吉田太一


Title: 遺品整理屋は見た!
Author: 吉田 太一
Price: ¥ 1,260
Publisher: 扶桑社
Published Date:

淡々とした文章でショッキングな現実が綴られた本。
現在の日本人にとって、完全に隔離されてしまった「死」という事実の最も現実的な部分と向き合う遺品整理業を営む著者の言葉は実に圧倒的で、コメディーとリアリティーの界面スレスレと漂っているような気分にさせられる。

きれい事では済まない事が多い世界の大変さと、今自分が生きている安心・快楽趣向の現実とのギャップにとにかく唖然としてしまった。人間、生きることも格好悪いけれど、死ぬことも格好悪いものなのだ、と感じた。

2007年06月25日

いま生きているという冒険 - 石川直樹


Title: いま生きているという冒険 (よりみちパン!セ)
Author: 石川 直樹
Price: ¥ 1,470
Publisher: 理論社
Published Date:

何事にも興味を示して、行動に写さずにはいられない著者の若い頃からの「旅」がカラーのきれいな写真とシンプルな文章によって綴られた本。文字も大きく、意図的に分かりやすく書いてあるように思えるので、対象としている読者層を低めに設定しているのかもしれない。

中学生の頃の青春18切符の旅にはじまり、インド旅行、ユーコン川にデナリ、北極から南極、エベレスト、さらにはスターナビゲーションによる航海や気球による太平洋横断の試みは実に躍動感に溢れていて、シンプルながらも洞察力に溢れた文章には考えさせることも多い。
最後の章で「旅とは何か」を問いかける文章には、なかなか熱がこもっていてナイス。外見的に派手な探検の中に「旅」があるのではなく、日常の中のふとした瞬間や、日常を少しだけ離れたところに「旅」がある、という著者の言葉には強く共感を覚えた。

神々の山嶺 - 夢枕獏


Title: 神々の山嶺〈上〉 (集英社文庫)
Author: 夢枕 獏
Price: ¥ 760
Publisher: 集英社
Published Date:

山に登る。
足で歩けなくなったら手で登る。
手で登れなくなったら歯で登る
それでも、どうしても登れなくなったら・・・「想え」。

実在の登山家である、森田勝さんがモデルの山岳小説。
その壮絶な生涯は佐瀬稔さんの"狼は帰らず"に詳しいが、この小説では彼がヨーロッパアルプスでは死なず、ヒマラヤの山に挑戦する姿を一人のカメラマンが偶然の成り行きで捉える・・・という構図で描いている。

山に関する記述もなかなかリアルでよいが、それ以上に主人公達が極限の状態で吐露する心理描写がやたらと迫真に迫っていてよい。

2007年06月22日

民藝とは何か - 柳宗悦


Title: 民藝とは何か (講談社学術文庫)
Author: 柳 宗悦
Price: ¥ 798
Publisher: 講談社
Published Date:

実に味わい深いよい本だった。
「民藝」とは実用的な日用品の中に生まれる「美」のことで、著者は「美しさ」をのみ求めた「芸藝」と対照的な言葉として定義している。

実用品であり、無銘の安物であり、一般市民が使うものであるがゆえにシンプルで力強い美しさがそこにはあり、それこそが根源的な「美」なのである、と宗教哲学者の著者は説く。全ての「道具」は使われるために生まれてきたわけで、鑑賞されるためだけに作られた「道具」には、過度な装飾であったり不健全さが伴ってしまう、とも。

もちろん、この議論は「美」の問題だけに留まらず人間存在一般にもあてはめることができるだろう。「明確な目的がある」と信じて何かに集中しすぎるのは危険で、意識の流れに耳を傾けながらうまく力が抜くことが大事なのだと思う。集中しすぎるうちに「明確な目的」だと思っていたものはいつの間にか変形してしまい、何がなんだか分からなくなってしまう・・・ということはよくあるのだ。

名を残さなかった人たちの、物言わぬ「美」に耳を傾けることを説いた、実に魅力的な本であった。

2007年06月19日

中世賤民の宇宙 - 阿部謹也


Title: 中世賎民の宇宙―ヨーロッパ原点への旅 (ちくま学芸文庫)
Author: 阿部 謹也
Price: ¥ 1,365
Publisher: 筑摩書房
Published Date:

2006年に亡くなられた歴史学者、阿部 謹也さんの本。
ボリューム感のある論文がいくつも収められているので、なかなか満腹感のある読書になった。

現代の日本人とヨーロッパ中世の距離感をさらりと解説した「私たちにとってヨーロッパ中世とは何か」からはじまり、時や空間に関する論考や、ヨーロッパ中世において死者がどういった存在であったかを解明する試み、そして中世における「賤民」がいかにして発生したかに関する詳細な議論などなど、阿部 謹也さんらしい魅力的な世界が綴られている。

全体的に論文調なので少し読みにくいが、「私たちにとってヨーロッパ中世とは何か」はこの本で書かれていることのアウトラインを描き出す優れた文章だし、最後の方の講演記録「中世ヨーロッパにおける怪異なるもの」にも、非常に分かりやすく著者の主張がまとまっているので、これらを一番はじめに読んでおくと比較的すんなりと阿部謹也さんワールドに入っていけるんじゃないかと思う。

個人的に興味深かったのは、ヨーロッパ中世における死生観の変化と遺言書の成立について。人間にとって避けることのできない「死」という事態を昔のヨーロッパ人がいかにして受け止めたか、そしてキリスト教がそれに絡んでくる様子、それにこれらの動きと常にパラレルに変化していた現世観の移り変わりについても考えさせられることが多い。

さらに、「ヨーロッパ中世賤民成立論」なるいかつい名前の論文も実によい。研究熱心な著者らしく、実に沢山のサンプルを提供しながら「二つの宇宙」という主題と、中世における賤民の発生について興味深い論考を行っている。「平和喪失宣言」や「人間狼」など、ヨーロッパ中世の奥に潜む知られざる闇のようなものが実に生々しく描かれている。

想像するに、著者が中世という時代に惹かれ続けているのは「ヨーロッパ中世において発生した文化的・文明的・宗教的転換が現代社会のプロトタイプになっているから」という漠然とした直感によるものなんじゃないかと思う。実際、ヨーロッパ中世とは実に多様性に富んだ混沌とした時代であり、そこにキリスト教が介入したことによる化学的変化はヨーロッパの歴史(=近代の歴史)にとってあまりにもクリティカルな変化であったのではないかと感じた。

2007年06月18日

バルザックと小さな中国のお針子 - ダイ・シージエ


Title: バルザックと小さな中国のお針子
Author: ダイ・シージエ
Price: ¥ 1,785
Publisher: 早川書房
Published Date:

映画「小さな中国のお針子」の原作小説。
実に鮮やかな文章で、二人の青年と一人の少女の姿を捉えた作品だ。

1960年代後半、文化大革命の嵐が吹きすさぶ中、四川省に住む裕福な医者の息子である二人の青年は「再教育」の名のもとに「鳳凰山」と呼ばれる険しい山の中の村へと下放される。反革命的な家族を持っているがために、1000人のうち3人しか故郷に帰ることができないとされる状況の中で、逞しさや脆さ、それにしたたかさを見せながらも彼らはいつか故郷に帰れる日を夢見ながら、厳しい毎日を生きる。
その界隈では唯一の仕立て屋である老人と、その美しい娘「小裁縫」と知り合いになり、ひょっとしたことから手に入れたバルザックの小説によって彼らの生活には劇的な変化が訪れるのだが・・・。

芸術や宗教が禁制になった世界観の中で、西洋の素晴らしい感性が紡いだ芸術作品に出会う衝撃が実に効果的に描かれている。村での生活を面白おかしく描いた部分もなかなか面白いが、なんといっても賢くて美しい小裁縫の描写が魅力的でよい。

2007年06月12日

Let My People Go Surfing - Yvon Chouinard


Title: Let My People Go Surfing: The Education of a Reluctant Businessman
Author: Yvon Chouinard
Price: ¥ 1,737
Publisher: Penguin (Non-Classics)
Published Date:

アウトドアウェアメーカーの最高峰であり続けるパタゴニアの創業者であり、現オーナーでもあるイヴォン・シュイナードによる会社論。

つくづくカリスマっていうのは何言ってもかっこいいものだなぁ、と思う。会社の存在意義や、社会の価値観を大まじめに変えようとしているイヴォンは本当にかっこいい存在なのだ。
若い頃から自由奔放に生きて、ロッククライミングやサーフィン、フライフィッシングにアイスクライミング・・・と、それぞれのフィールドで常に最先端の場所にいて、アウトドアスポーツの素晴らしさを発信し続けた人だからこそ伝えられるメッセージが詰まっている。

個人的には、本のはじめのほうに収められている彼の半生の部分がエキサイティングで面白く、その後の会社論の部分は少しクドかった。それでも、一人のパタゴニアユーザーとして、一人のカリスマのまとまった意見に直接触れることができる魅力的な本だと思う。

2007年06月11日

生き延びるためのラカン - 斎藤環


Title: 生き延びるためのラカン (木星叢書)
Author: 斎藤 環
Price: ¥ 1,575
Publisher: バジリコ
Published Date:

独特の文体(口調?)で、中学生や高校生に語りかけるようにして、ラカンの思想が精神分析にとっていかに「使える」ツールになるかが解説されている本。「日本一わかりやすいラカン入門」を自称するだけあって、非常に読みやすい。

ラカンという名前だけは知っていたのだけれど、コテコテの思想系の人だと思ってたらフロイトの影響を受けた精神分析系の人だったらしい・・・。フロイトが残した精神分析という広大な海を自由自在に行き来し、自分の思想として昇華させることに成功した人がラカンという人のようだ。
一時期ユングにハマって著作集を読みふけっていた自分にとって、ラカンの思想は非常に厳密で、厳密であるがゆえに難解な言葉でズバッと言い切らなければいけないような特性を持っているように感じた。重複した地層の上に言葉を重ね合わせていくような試みは、それを理解する側の人間がその地層を掘り下げていく過程で、言葉が本質的に意味しようとしていることにカチンと出会えることを期待しているのだろう。

この本だけを読んで分かったつもりになってしまうのは危険なので、時間のある時にでも原著にチャレンジしてみようと思う。
非常にエキサイティングで興味深い読書体験だった。

2007年06月09日

素晴らしき自転車の旅 - 白鳥和也


Title: 素晴らしき自転車の旅―サイクルツーリングのすすめ (平凡社新書)
Author: 白鳥 和也
Price: ¥ 924
Publisher: 平凡社
Published Date:

自転車を使った旅(=「サイクルツーリング」)の素晴らしさや、楽しみ方が詰まった本。

あまり実践的な本ではないが、自転車に興味がある人であればはじめから終わりまでじっくりと楽しめるであろう。個人的に一番楽しめたのは最後の章に納められている著者の自転車旅行の記述。日本にもまだまだ残っている「異郷」であり「異世界」をじっくり楽しむのに自転車は実に優れたツールだなぁ、と思った。

森と氷河と鯨 - 星野道夫


Title: 森と氷河と鯨―ワタリガラスの伝説を求めて (ほたるの本)
Author: 星野 道夫
Price: ¥ 1,890
Publisher: 世界文化社
Published Date:

星野道夫さんの最後の旅が綴られた写真集&エッセイ。
もともと家庭画報に連載していたもので、彼の命を奪ったあの事故によって未完となってしまったものの、彼と彼を取り巻く人たちの優しさや、アラスカやシベリアの大地のスケールの大きさや厳しさがダイレクトに感じられるような本になっている。

全編を通して「ワタリガラスに関する神話」がひとつの大きなテーマとなっており、星野さんがあちこちに出かけていって聞いたことや感じたこと、それに印象的な写真が組み合わさってひとつの世界を作り出している。
大きな本の割に中身の情報量は少ないような気もするが、ふとした時に手にとって、フラッとページを漁って楽しむような付き合い方がちょうどよいのかもしれない。