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翻訳語成立事情 - 柳父章

言語学


一般論として、優れた本には深い洞察がいくつも含まれていて、読んでいて色んなことを考えさせられる。
この本はまさにそういった本のうちのひとつで、海外からの強い文化的影響を受け続けてきた日本の現代語が、近代になって出会った西洋文明から、いかに多くのを影響を受けてきたかを「翻訳」という視点から見事に切り取っている。

実に、言語とはひとつの宇宙でありシステムであるように思う。
ひとつの宇宙の中において、言葉とはその宇宙をを切り取って表現する鏡であり、システムのルール自身でさえある。と同時に、言葉とはあくまで移ろいゆくものであって、シニフィアンとシニフィアが常に一対一の関係を持っているわけでもないし、一度繋がったその関係が未来永劫保証されるわけでもない。

元々、翻訳という作業は救いようのない不完全性を持っている。
ひとつのシステムの中でさえ一定でない記号を全く異なるシステムの中に移植する、という作業がいかに絶望的なものであるか、ということはすこし考えれば分かる。
さらに、厄介な問題として「言葉は増殖する」ということが言える。
一度システムの中に現れた「言葉」は、その瞬間からシステムに取り込まれ、拡大や縮小を繰り返しながらある一定のポジションを占めるに至る。

「日本」というシステムが「西欧文明」という全く異なったシステムに出会ったときに、先人達がどういう風に考え、行動し、議論し、現代使われているような翻訳語に辿り着いたかは、とても興味深いものであった。