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森と文明 - ジョン・パーリン

地学・環境学


産業革命の時代まで、人間にとってほぼ唯一の燃料であり万能な建築材であった森林資源と、築かれては消え、築かれては消えてを繰り返してきた文明との関係を丁寧に調べた本。資源と環境と人間、という関係を考える上で多くの示唆を与えてくれる。

古代の文明の中心地であった中近東や中国は、どこも大規模な砂漠化が進んでいる。これは、そこに住んでいた人々が無茶な伐採を繰り返した結果だ。
世界を見渡してみると、日本のような亜熱帯や熱帯地域は稀で、大半の地域は乾燥しているから、一旦森が伐採されてエコシステムが破壊されてしまうと元の通りに木が生えることはない。

有名なギルガメッシュ叙事詩こそは、人の文明が森林に出会い、それを征服していくことによってより強力な文明へと進化していった過程(森林に対する恐れの克服)を如実に描いた物語であると言える。実に、文明とは資源や環境を過度に酷使することで成立してきたものなのだ。

ギリシャやトルコ周辺は地中海文明が華やかなりし頃に木が切り尽くされているし、西ヨーロッパに文明が中心が移ってからも積極的な森林の伐採は続いた。中央アジア・中近東では天井の丸い建築物が多いが(モスク系の建築物等)、これは天井を支えるための木材が不足していたために、梁を必要としない丸い天井を採用した建築方法が盛んになったためだ。王侯貴族によって所有されていた英国の森は、大英帝国として世界の覇権を意識し始めた時代から乱伐されるようになり、ロビン・フッドのような物語(森に依存する近隣の住人と、森を荒そうとする国家権力の対立)を生んだ。

本書では少し強調し過ぎているようにも思えるけれど、古代・中世における文明にとって、森林資源とは実に貴重なものであった。
産業文明によって木材が唯一の燃料でなくなり、さらには科学主義の台頭によって一方的な伐採が不可逆的な変化を環境にもたらしてしまうことが理解されたことは大きな転換点であると言える。これにより、西ヨーロッパ文明においては森林が致命的なダメージを受けずに済み、現在のヨーロッパには適度にコントロールされた自然環境が残っているのだ。

現在の文明が依存している化石燃料に関しても、全く同質の問題が存在していることを考えると、人間の業の深さに唖然とする。
文明は自転車操業のようなもので、常に何か新しい進化を求めていくうちに壁にぶつかり、一つの文明が崩れたかと思うとまた新しい文明が勃興する。
雄大な歴史を「森」という視点から覗かせてくれる、優れた本であった。