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2006年12月31日

平和の経済的帰結 - ケインズ,J.M.


森嶋道夫さんの本で取り上げられていたので、読んでみた。
狭義での「経済学」という枠では捉えられない本だと思う。

ケインズは、一次大戦後のパリ講和会議にイギリス大蔵省主席代表として出席する。これまでの戦争では考えられなかった大きな被害を蒙った諸国の感情は複雑で、連合諸国は敗戦国ドイツに対して莫大な賠償を請求する。
ここで良心の人・ケインズは立ち上がり、代表を辞任してこの本を書いた。

「もし、連合諸国がこのような賠償をドイツならびに他の敗戦国に対して課するのであれば、我々連合諸国は敗戦国を一代の間完全な奴隷状態として悲惨な状態に置くことになる。これは、ヨーロッパの未来にとって大きな障害となるばかりでなく、いつか大きなしっぺ返しを食らうだろう。」
・・・というのが本書の趣旨だ。

結果論的に言ってしまえば、ケインズの慧眼があったにも関わらず、国境沿いの諸地方の割譲や莫大な賠償金を規定するヴェルサイユ条約はほとんど手を加えられることなく調印され、その後のヒットラー率いるナチス台頭の遠因となった。
それでも、ケインズのやった仕事はあまりにも立派だ。
彼の仕事がなかったならば、第二次大戦の戦後処理において戦勝国が敗戦国の復興に責任を持つようなことは起こりえなかっただろうし、またもや莫大な賠償金が敗戦国に課せられていた可能性さえもある。

この本は、経済学的分析というツールを使い、いかに人がその良心を発揮することができるか、ということを示した素晴らしい例だと思う。ケインズは、経済学よりも何よりも、人間の良心に対して訴えているのだ。

「もしわれわれが故意に中央ヨーロッパの窮乏化を目指すとすれば、私は敢えて予言するが、容赦なく復讐がやってくるだろう。(p.210)」

「しかし、もし仮にヨーロッパ諸国民の魂が、この冬に、とわれわれは祈らざるをえないが、戦争によって生み落とされ、戦後もなお生き残っている偽の偶像から顔をそ向け、現在彼らに取り憑いている憎悪心とナショナリズムの代わりに、ヨーロッパ一族の幸福と連帯性という考えと希望とを心に抱くようになればーそのときには、自然の敬虔心と[ヨーロッパ一族の]子としての愛情に動かされて、アメリカ国民も、私的利害からの一切の小さな反対論を放棄し、組織的暴力の圧制からヨーロッパを救出する点で開始した彼らの仕事を、ヨーロッパをヨーロッパ自身から救出することで、完成しようとすることになるのではなかろうか。(p.223)」

2006年12月30日

蒲公英草紙 - 恩田陸


もうひとつの常野物語。
一人の常野ではない少女を狂言回しに、明治から大正へと向かう北陸の小さな村を舞台にした長編だ。

どこか懐かしさを感じる上品な文体で、手紙を書くように淡々と物語が綴られている。冒頭から悲劇の予兆を感じさせる雰囲気を持っていているのだけれど、「少女の甘酸っぱい思い出」的な味付けをすることによってその村、そして日本中を悲惨な状況に陥れた惨状を相殺するようなテイストを持たせている。
とにかく、最後のほうは読んでいて目頭が熱くなる。

2006年12月29日

光の帝国 - 恩田陸


「常野物語」シリーズのうちのひとつ。
「常野」と呼ばれる不思議な力を持った人たちにまつわる物語。

「常野」の人たちの日常を、女性らしい優しくて繊細なタッチながら、時々ドキッとするような大胆な文章で描いている。

「常野」とは、柳田國男さんの「遠野物語」を意識しているのだろうか、話の中では東北の一地方の名前でもあるらしい。在野にあり、権力を持たず、不思議な力で不思議な行いをしつづけている人たちのことでもある。

オカルトやSF的になりすぎず、古代宗教的な清潔さを持ったこの魅力的な人たちの持っている力は、きっと人間が本質的に持っている「魂の力」のようなものなのだろう。

不思議な魅力に溢れた作品だ。

2006年12月25日

春宵十話 - 岡潔


「数学とは、魂を燃焼させることです」と言い切った、稀代の数学者・岡潔さんの本。正確には、彼が話したことを文章に起こした本。

くどいほどまでに「情緒」という言葉を織り交ぜながら、現代の教育という問題にしつこいまでに言及している。
何よりも「調和」ということが大切である、とか、隙間が大切だ、とか、しまいにはトンデモ科学的な発言も飛び出したりするのだけれど、全体を通して岡潔さんが非常に優れたジェネラリストで、数学というのはあくまで彼にとって彼の世界観をまとめているひとつの「何か」でしかないのだなぁ・・・という感想を持った。

芭蕉から漱石、孔子からアインシュタイン、さらにはドストエフスキーまで、俳句から絵画、小説から物理学まで、何から何までが彼の世界観の中に自然な形で組み込まれていることに驚かされる。
自分も、特別な何かにとらわれすぎずに物事をトータルに見ることが出来ればよいなぁ、と常々思っているのだけれど、まだまだ努力が足りないことによく気が付いた。もっと、もっと、じっくりとよく考える必要があるのだ。

岡潔さんの説いている教育のあり方はとても興味深い。
サラっと読んでしまうとあまりにもアヴァンギャルドなことを言っているように思えるけれど、よくよく読んでいると彼の目が教育ということの、人間が人間としてどうあるべきか、ということの、中心点をしっかり見据えていることに気づかされた。

2006年12月24日

アラスカ 光と風 - 星野道夫


とある事情により12/23はほぼ徹夜状態で過ごすことになったため、一気に読んでしまった。

アラスカに魅せられた星野さんの本で、以前読んだ「旅をする木」に続いて二冊目。彼がアラスカに住み着くようになった中学生の頃の体験や、アラスカ大学で学んだ時代の話、それに彼がアラスカで行った冒険(という名の写真撮影)が沢山の素晴らしい写真と一緒に収められている。

とにかく、アラスカという地の圧倒的な自然にただただ驚かされる。
ムースの集団移動やアザラシを食べること。オーロラや捕鯨、カヤックでの素晴らしい(そして危険に満ちあふれた)旅。
どれもこれも本当に印象的で、アラスカの大地に住む生き物や自然、それに多くの人たちの息吹が聞こえてくるような読書体験だった。

2006年12月23日

もし僕らのことばがウィスキーであったなら - 村上春樹


村上春樹さんの文章を読むのは久しぶり。

久しぶりなだけに、あの独特の優しさにあふれたのんびりとした文章がとても心地よく感じる。
ウィスキーのように、じっくりと、ちびちびと味わう至福の時を味わうことができる本だ。

新編・単独行 - 加藤文太郎


戦前の時代には画期的だった、冬季の単独山行を数多く成し遂げた加藤文太郎さんの本。彼が残した記録や文章に、ちょっとした解説が付け加えられている。

文章から読むことができるのは、彼がとても真面目かつ実直で、それでいて内なる闘志を秘めた人間的な人であったのだなぁ、ということだ。他人に迷惑をかけることを嫌い、色々と努力を繰り返しながら単独で奥深い山へと分け入っていく著者の姿はなんともいえず頼りなく、それでいて力強い。

厳冬期の北アルプスに、満足な幕営用具も持たずに当時の貧弱な装備で登っていたことは、ただただ驚かされる。山での行動時間に12,3時間かけることは普通で、現在の教科書的な登山スタイルからあまりにもかけ離れているのだ。
山頂に名刺入れがあったり、案内人を連れて行かないと小屋が使えなかったり・・・と当時の山登りの風景が目に浮かぶような興味深い描写と、著者・加藤文太郎さんのナイーブで一途な山への憧れが見事に凝縮された面白い本だ。

2006年12月17日

狼は帰らず - 佐瀬稔


これほど読んでいて胸がしめつけられる本はない。
この本は、戦中・戦後の大変な時期に幼少時代を過ごし、まるで取り憑かれたように山に、困難な壁に挑み、ついにはその壁の中で死んだ人の記録だ。

世渡りが下手で、自意識は人一倍強くて、純粋なところを隠そうともしない。自分も含めて、山に魅せられてクライミングをやる人の中にはこういった傾向を持った人が多いのではないかと思う。
自分の中に闘志を持ち続けることに快感を覚え、その闘志が途切れることのないよう、次から次へとチャレンジングな計画を考えては、一途にのめりこんでゆく・・・。
森田勝さん、という人の行動パターンはまさにこの典型で、不屈の闘志を生涯を通じて持ち続けたが故に最後はグランド・ジョラスの岸壁で帰らぬ人となる。

この本で触れられている緑山岳会の大野栄三郎さんこそは今自分が活動している会社の山岳部を作り、育て上げた人だ。人づてにその素晴らしい人柄や神業的な岩登りの技術を聞いていて、とても親近感を持って読むことができた。異色な山岳団体・緑山岳会の奇行も噂に聞いていたとおりで面白い。

2006年12月16日

思想としての近代経済学 - 森嶋通夫


優れた本。
「市場経済」が発見されあとの、セイ法則(アダム・スミスのいう「神の見えざる手」が正しいことを前提とし、供給は常に需要を作り上げるものとする)に振り回された近代経済学のキーパーソンを通じて、数字だけで表現できない経済学の世界を紹介している。

経済学に関する本や教科書を読んでいていつも腑に落ちない思いをするのだけれど、森嶋通夫さんの文章を読んでいるとなぜ自分がそう思っていて、そしてなぜそれでも経済学が存在するべきかが漠然と理解できる気がする。

「なぜ中央銀行はお金を作り続けるのか」という素朴な疑問に対するひとつ回答として、「セイ法則が成立しない現実世界では、連続的な投資が行われる必要があり、さらにその投資をより容易にするためには利子が下がる必要がある」ということを理解できた(少し違うかもしれないが)。
また、第一次大戦後のあまりにもアンフェアな戦後処理に憤慨し、経済学という切り口から問題提起を行ったケインズの功績を初めて知って単純に感動した。素晴らしい人間ってのはどの時代にも、どの分野にもいるものだ。

2006年12月09日

日本アルプスの登山と探検 - ウォルター・ウェストン


有名な割にあまりよく知らないウェストンさんの本。
ウェストンはキリスト教宣教師として日本に来たのだけれど、子どもの頃から日本という国に憧れを持っていたようだ。

登山の記録、というよりは登山をするための旅行であったり苦労であったり、そういったものが沢山詰め込まれている。当時における「登山」という行為が相当に旅行じみたものであったのだろう。
イギリス人風のウィットを織り交ぜながら綴る日本人の風俗はとても興味深い。最後の何章かは日本人の宗教や狐憑きに割かれていて、彼の興味の対象が広いことをうかがわせる。

2006年12月05日

勝ち組が消した開国の真実 - 鈴木荘一


とても面白く、勉強になる本。
銀行マンによる、分析的でありながら読みやすい明治維新の物語。

1860年代に列強各国が置かれていた状況と、それに伴って実行された対日外交、そしてそれに対する江戸幕府の対応と国内の動乱・・・。
この流れの中で、当時の幕府、そして現在における日本国がいかにして独立した存在して存在しうるか、ということをきちんと考えて実行できた人は、討幕派の中よりも幕府側に多かったのかもしれない、と思った。

徳川慶喜の明晰な判断力、そして行動力にはただただ驚かされる。その正反対とも言える、安易で感情的な行動主義はやがて軍国主義に繋がり、燃え上がった熱は結果的に太平洋戦争を巻き起こしてしまったわけだ。

この国には、もっと国や未来のことをしっかり見据えることができる人間が必要だな、と痛感した。

2006年12月03日

インカ帝国 - 泉靖一


よい本。
インカ以前の文明、プレインカと呼ばれるインカ帝国成立前の時代、そしてインカ帝国の興亡について包括的に描いていて、古さを全く感じさせない(1959年の本らしい)。

何よりも、インカ帝国が帝国として成立し、発展した過程が一番興味深い。ローマ帝国と同じように、インカ帝国はその地に人々が築き上げてきた文明・文化を統合し、まとめあげることによってより高度な文明としてアンデス一体を統治していたようだ。統治した地方をそのまま放置するのではなく、インカ帝国の一部としての恩恵を十分に与えることで領土をしっかりと広げていく精神性は、歴史上の帝国全ての共通のもののように感じる。

ヘブライニズム、ヘレニズム、インド、中国、そしてヨーロッパ文明・・・と沢山の文明が化学反応を起こしていた旧大陸とは異なり、巨大な帝国が完全な統治を行うことができた新大陸では文化も自然環境も驚くほど異なる世界が開けていたことに改めて驚かされる。
ピサロによるインカ帝国征服の描写は涙無しに読むことができない。