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空へ~エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか - ジョン クラカワー

山登り


この手のドキュメンタリーにしては珍しく冷静な本。
若い頃はクライマーとして鳴らした著者が、雑誌記者になってクライミングから少し遠ざかった時期に取材として参加したエヴェレスト登山と、彼が参加した隊の悲劇がまとめられている。

1996年の5月初旬にアタックをかけた彼の隊を含む十数名は、好天に恵まれて頂上を掴んだ数時間後、突如猛吹雪となったネパール側の斜面で大規模な遭難の餌食となる。
隊を率いていた二人のリーダーは、頂上付近で行動に支障をきたした彼らの顧客を助けるためにベストを尽くすが、彼ら自身も猛吹雪の中で力尽きる。
8000mを越えた世界では冷静な判断など下しようがないし、一旦悪い条件が重なってしまえば人間の力などは微塵の力さえも発揮することができない。

ロマンチシズムを隠れ蓑にした、山男的なマッチョイズムを著者は易々と否定する。登山が魅力的であり得るのは、そこに「人のエゴ」があり、「危険を乗り越える楽しみ」があるからこそなのだ、と彼は言う。
登山という「主体的な行動」が大前提となるスポーツにおいて、意志決定も、危険個所の通過も、食事や飲み物の準備もほとんど全て他人任せになってしまう営利登山の危険性は、仮にもそれに参加する程までに知識を持った人間であればすぐにも分かりそうなものだ。そしてそれが世界でもっとも危険な場所となりうる8000mを越える高みであれば、尚更のことであろう。

所詮人は自分の能力の制約の中で動き回るのが一番合理的だし理に適っている。
能力の限界を試し、それを拡張していくための一定の努力は認められようが、それを無理矢理な方法で矯正するような真似は、時に高い代償となって返ってくることがあることをこの本は如実に示している。