Boy Racer – Mark Cavendish

マン島が生んだ世界最速のスプリンター、マーク・カベンディッシュの自伝本。

カベンディッシュが特に好きってわけではなくて、amazon.comのレビューの評価が高かったという理由だけで読んでみたのだけど、この本は当たり。現役の自転車競技選手の自伝本として、ずっしりとした読み応えのある内容になっている。

2008年にチーム・コロンビアのエーススプリンターとして出場したツール・ド・フランスのステージごとに章立てされていて(オリンピックの準備のため、第14ステージを最後に棄権)、ひとつひとつのステージの様子を語るのと同時に、彼がスポーツ少年として成長し、自転車競技に夢中になってイギリスの自転車競技連盟の強化選手として育てられ、プロ契約を結ぶようになってレースで活躍し始めるまでの過程が同時進行で描かれている。

少年時代から自転車競技に親しみ、中学(GCSE(全国統一試験)の点数はなかなか優秀)を卒業してからは、2年間バークレー銀行で働きながらトレーニングやレース活動を継続し、18歳から英国自転車競技連盟の強化選手としてマンチェースターでのトレーニング期間を過ごすことでたくさんの経験を積んでトラック選手として優れた結果を残す。子供のころから憧れていたロードレースの世界で闘うために2006年にプロ契約してSparkasseで1年走り、2007年にトップチームのTモバイルに加入。

– 先輩レーサー達にプロ意識の少なさ(太りすぎ)を指摘された話
– Tモバイル加入の1年目に当時のチームスプリンターだったグライペルとの間に発生した確執
– ドーピングの問題(2008年はリッコやピエポリ、シューマッハがいましたね)
– 2008年のオリンピックで不発に終わった経緯(その後、トラックレースからの引退を表明)
– ミラン・サンレモでのビッグレース初勝利(苦手な登りを克服)
– 幼なじみのフィアンセとの破局
– チームメイトへの感謝の気持ちを忘れず同じチームに留まり続ける心意気(チームSKYからは巨額のオファーがあったはず)

・・・などなど、プロになってからの話もかなり細かいところまで踏み込んでいて、読みどころが満載。ちょっと悪ガキっぽい外観だけど、怒る時は怒り、弱気な時は弱気になる人間臭さを持った素朴なヤツだなーという印象を受けた。

手元の2010年版には2009年のツール5勝(グリーンジャージは逃した)の部分も詰め込まれていてそれなりに面白く読めるのだけど、正直言ってしまうとなくてもよいかな。それくらいオリジナルバージョンの自伝部分の中身が濃くてよく書けていると思った。

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個人的に面白かった部分を引用すると、以下のような感じ。

そこにいたことがない人は、誰もが最後の1キロのスプリントでどんなことを考えているのかを聞いてくる。でも、これには残念な答えしか用意できない:「特に何もない」から。ただ、それぞれのタイミングで、自分の目の前で何が起きているのかを正しく判断すること、それだけだ。
(P.7)

ランス・アームストロングは、彼はそれまでに関わったことのあるチームやライダー、コーチやジャーナリストのリストを持っているのだそうだ。「リストを作るんだ。メンタルリストを。何か機会があれば、いつでもそのリストを見て物事を判断するのさ。」僕はこれと同じリストを作っているだけではなく、彼と同じような形でモチベーションを高く保ってきたように思う。「ランスはいつも怒りや憤りから力を引き出してきた」と、彼が長いことつき合ってきたチームマネージャーのヨハン・ブリュニールが2008年の終わりに言ったように。僕の力を疑ったり、信じようとしなかったような人たちは、僕のキャリアにとって最も影響力を持った人たちだと言うことができる。
(P.96)

ツール・ド・フランスのスプリントで勝つことがどういうことか、イギリスの人たち全員に伝えるのは難しいように思う。でも、何百か、何千かの人たちは、その魔法を経験したことがあるんじゃないかと思う。それはお金で買うことはできないもので、自力で得ることしかできないものだ。じわじわと力を溜めていくと、それは突然現れて、あっという間に去っていってしまう。1年間で52週間フィットで強くいることは可能だが、もしあなたがラッキーなら、5週間ほどの「魔法の時」を2回経験することができる。プロサイクリストは、みな人生とトレーニング計画のすべてをこの「魔法の5週間」が大きなレースや、目指すべき目標にぶつかるように組み立てているんだ。
(P.182)

僕は自分が大好きなスポーツをしている。苦しい練習は裏切ることはないし、苦しい練習なしに最良の結果を得ることはできない。僕はこのスポーツを飾り立てるつもりはないし、多くの人が同じように感じていると思っている。サイクリングは仕事ではなくて、情熱なんだ。ドーピングに頼る奴らは、僕と同じ情熱を持っていないんだと思う。これはサイクリングに限ったことではなくて、人生についても言える。
(P.264)